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「よぉ、ガキ」
そんな初対面だったから、俺は最初、そう声をかけてきたのが誰か全く分からなかった。
興味が無さすぎて顔を忘れかけていたのもあったし、あまりにも印象が違いすぎたから。
それでも馬鹿にされたのは黙ってられなくて、俺は威勢よく噛み付いた。
「は?ガキって俺のことかよ」
「他に誰がいるんだよ、ガキ」
男はそう言って俺の頭に手を置くと、グイグイと押さえつけてきた。
俺は大変ムカついたので、得意の蹴り技で相手の脛を狙う。
しかし意外にも避けられてしまった。
「ふん、俺は滉太と違って反射神経いーの」
「滉太?……あ、お前兄貴の」
「あ?今気づいたのかよ、記憶力ねぇなあ、ガキ」
兄の名前を出されたことでハッとする。
俺の蹴りをかわして飄々と立っている男は、兄が先日恋人だと言って連れてきた男。
俺がつまらないヤツ認定した男だった。
おぼろげだった記憶の中の顔と目の前の顔が一致する。
俺は思いっきり顔を顰めた。
「そんなヤツが一体なんの用だよ」
「ン〜?お前に会いに来たんだワ。感謝しな」
「は?いらねぇ」
「ハッ、生意気なガキだこと」
くっく、とニヒルな笑いを零す目の前の男はあまりにも先日のイメージと違いすぎた。
あの日、久々に施設に来た兄は俺に紹介したい人がいると言ってきた。
そいつは兄の恋人でオメガらしい。
俺は兄を誘惑したそのオメガが気に入らないと思ったが、まぁ兄が選んだ人間だ。多少の期待をして、兄に会ってやってもいいと告げた。
「悠久〜!なんて優しい子なんだお前は!」
大喜びでこちらに抱き着いてくる兄を引き剥がし、するなら早く済ませろと急かす。
「ちょっと待ってろ!」
そう言って兄はまた施設の外へと走って消えていった。
その数分後。
兄が引き連れてきたのがこの男だった。
オメガというには雄々しく、雄というには穏やかすぎる雰囲気を纏った不思議な男。
いわゆるウルフカットと呼ばれる灰色の髪を風になびかせ、俺にやんわりと微笑みかけた。
「はじめまして」
少し高鳴った胸を裏切るように、それからはとてつもなくつまらなかった。
当たり障りのないことしか言わない男。
ニコニコと兄と自分に媚びを売る男。
こいつに対する評価はそんなもんだ。
なのになんだ今日のこいつは。
全体的な雰囲気は変わらないのに、どこか退廃的な空気を纏わせつつ自分が世界の全てだと言わんばかりの傲慢さを持ち合わせている。
イメージも言葉遣いも何もかも違う。
俺はじっとその目を見つめる。
初対面のあの日と違って挑発的に見つめ返してくるその男に俺は問いかけた。
「……お前、名前は」
「七瀬 海来」
端的に答えられたその名前くらいは覚えてやってもいいかなと思った。
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