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俺は5歳の頃に、この児童養護施設にやってきた。
5歳と言えば自分である程度のことを考えられるし知識もある。
ああ、俺は捨てられたんだなと冷めた心で思った。
俺の世界は古い賃貸アパートと、派手な髪色の母、このふたつだけで構成されていた。
父は知らない。
友達はいない。
でも母が酔ってぶつけてくる言葉と視線で、俺のこの生まれつきの栗毛も青みがかった瞳も父親によく似ていることは知っていた。
窓から聞こえる近所の子供らがはしゃぎ回る声で、普通俺の歳なら友達と遊び回るのだという常識も知っていた。
でも、俺の世界は変わらなかった。
ある日パタリと母が家に帰ってこなくなってから、俺は俺のこの世界をどうしようかと考えた。
金もなければ食べ物もない。
いっそこのまま死のうかとも思ったが、他人から可哀想な子だと思われるのも癪だった。
俺は俺の世界を手放した。
ひとりで交番に向かった俺は警察に保護され、やがて施設へと送られた。
それから俺の世界は俺ひとりになった。
ひとりの世界は思っていたよりずっとつまらなかった。
ご機嫌を取ってくる職員も、こちらを怯えたように遠巻きにしているガキ達もみんなみんなつまらない。
むしゃくしゃして施設を飛び出して暴れ回れば少しはつまらない気持ちも晴れたけれど、施設に戻ればまた同じだ。
あのままあの古びたアパートで暮らしていれば良かっただろうか。
そんなことを考える日々が崩れたのはある日突然だった。
施設に俺の兄だと名乗る男がやってきたのだ。
その男は三崎 滉太と名乗った。
滉太は、突然引き合わされて警戒と威嚇を隠そうともしない俺の頭を躊躇無くワシワシと乱暴にかき混ぜた。
そして白い歯を見せてニッと笑って
「俺がお前の兄ちゃんだ!悠久!」
と俺を抱き上げた。
俺はバタバタと抵抗したけれど、そんな俺に殴られ蹴られながらも滉太は俺を抱きしめて離さなかった。
それから滉太は俺を色んなところに連れ回した。
海にも行ったし遊園地にも行った。
日帰りだけどキャンプもして、バイクの後ろに乗せてくれることもあった。
まだ19だという滉太は、高校を出てすぐ働き出したばかりらしくあまり会いに来れないことを謝っていたが、俺は満たされていた。
だってあんなにつまらなかった世界がこんなにも素晴らしく見える。
ひとりだと思っていた俺に血の繋がった家族がいて、こんなにも愛してくれる。
これほど素晴らしいことがあるだろうか。
初めて滉太を兄貴と呼んだ時、大号泣しだした兄に少し…いやかなりドン引いたがそれでも擽ったい気持ちで落ち着かなかった。
素直になれない俺は兄を揶揄うことしか出来なかったけど、全てを見透かしたように笑う兄に気恥ずかしい思いがした。
俺の世界は、俺と兄貴と、ほんのちょっとのその他になった。
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