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つまり、俺の世界の「ほんのちょっとのその他」にも入らないようなモブが突然その存在を主張してきて、俺はわずかながらに困惑していた。
だけどちょっと面白い気配を感じたのも確かで、海来に「ついてこい」と言われて施設の面談室に足を運んだ。
海来は、施設の職員に愛想良く挨拶をして来客者名簿に律儀に名前を書いてニコニコと俺に着いてくる。
しかし、面談室の扉が閉まってしまえば人が変わったかのように、ドスドスと荒い足音で部屋を進みどっかりと椅子に腰掛けた。
俺は兄貴の大泣きを見た時並にドン引きした。
「お前猫かぶりすぎだろ……引くワ……」
「猫かぶりとか知ってんだ、偉いネ」
馬鹿にしてくる海来に対して、幾つだと思ってんだと顔を顰める。
俺ももう中学生で、兄貴との付き合いも6年目だ。
そういえばこいつは兄貴といつから付き合ってんだろうか。
俺はこいつに遠慮なんてするのはムカつくので直球で尋ねることにした。
「お前いつから兄貴といんの?」
「出会ったのは高校の時。付き合ったのは卒業してから」
やはり端的な答えが返ってくる。
こいつとは数える程しかまだ会話をしていないが、そういう傾向は分かってきた。
別に面白い答えでもなかったので、フーンとだけ言って俺も椅子に腰を下ろした。
こいつが座ってて俺がいつまでも立ってんのは癪だ。
「それで今日何しに来たんだよ」
「言ったろ、お前に会いに来た」
「だからそれが意味わかんねぇんだよ」
俺がそう言うと、海来はおもむろに机に肘をつき俺と目を合わせてきた。
「可愛いオトートに好かれたいなって」
「嘘だろ」
「あと滉太から家族家族言われてるからって調子乗んなよって言いに」
「それが100パーだろ」
俺が断言すると、海来はケッと吐き捨てるように喋りだした。
「家族になろうとか言われてる調子乗るなよ。血縁だけじゃねえ絆を見せてやんよ」
「おーおー負け犬が吠えてら」
「言ってろ」
ハンッと鼻で笑った海来の様子から見るに、兄貴とこの恋人はアルファとオメガの恋人同士という関係でありながら、番とか結婚とかそういう将来の話は出ていないらしかった。
俺は途端に愉快になって、足をブラつかせながらニヤニヤと海来を見やった。
「恋人のオトートに嫉妬なんて余裕ねぇな」
「嫉妬じゃねぇよ。宣戦布告しに来ただけだワ」
「俺は初対面で兄貴から『俺がお前の家族だぞ』って言われたけどな」
「フン、こちとらもっと熱烈なプロポーズ受ける予定だワ」
どこから来るのか知らないが、やけに自信に満ちた顔で胸を張るので笑ってしまう。
自分が声を上げて笑っていることに気づいてハッと口元を抑えると、目の前で笑みを浮かべている海来がいた。
でもその笑みは俺が思っていたような揶揄うようなそれではなくて。
まるで兄貴が俺を見るような、そんな顔をしていた。
俺が少し呆気に取られているとそれを知ってか知らずか、海来は気怠げに立ち上がった。
「じゃ、宣戦布告したし帰るワ」
「ハ?まじでそれだけのために来たの?」
「お見送りはいらねぇよ〜」
そう言うと海来は俺の隣を通り過ぎざまに、ガシガシと俺の頭をかき混ぜていった。
「おい!!」
俺の怒声に振り返ることなく、海来はヒラヒラと手を振って去っていくのだ。
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