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「また来たのかよ」
「会いたかったろ?」
俺は呆れたようにため息をつく。
あれから、海来は頻繁に俺に会いに施設に足を運んだ。
その頻度は兄貴がやってくるそれの数倍高い。
あれきりだと思っていた俺は2度目の海来の訪問にうっかり間抜け面を晒し、盛大にあいつに笑われた。
海来は時に手土産を持って、時に手ぶらでやってきては俺とダラダラと喋って帰っていく。
海来が現れる日に規則性はないので、俺は無闇に施設を抜け出すことも出来ずにいた。
だってあいつが来た時に俺が施設から消えていると、あいつはどこから探り当てるのか俺の居場所にやってくる。
そうして俺が暴れていた相手をかっさらい、コテンパンにやっつけてしまうのだ。
俺から喧嘩をふっかけておいて別のヤツに倒されるのは、客観的に見れば助っ人に助けられたようでひたすら格好が悪い。
俺はそれに辟易して、大人しく海来の訪問を待つことにしたのだ。
「お前毎回こっち来んの大変じゃねえの?」
「なに?心配してくれんの」
「は?」
思わず低い声が出たが、心配はこれっぽっちもしていなくても純粋に疑問ではあった。
滉太が住んでいる実家からこの施設は車で1時間ほどかかるらしく、それもあって滉太は中々こちらに寄れない。
その恋人である海来もそうなのではと考えるのは自然なことだ。
だが海来は面白そうに笑いながらそれを否定した。
「俺はこっちに住んでるからな。徒歩でも来れる」
「は?そなの?」
「仕事がこっちだからさ。割と楽しーのよこれが」
そう言って笑う海来の顔はいつものニヒルなそれではなく、純粋に楽しいのだと伝わってくる子供のようなそれだった。
俺は純粋に興味を引かれてなんの仕事をしているのかと尋ねる。
「ライター。記事書いたり取材行ったりすんの」
「ライター」
「そ。俺はこの地区の担当だけどさ、時々海外に行ったりすんのよ?ワクワクすんだろ?」
「海外」
オウム返しする俺の頭を海来がぐちゃぐちゃと撫で回す。
そしてニッと笑ってこういった。
「今度海外行くときゃ連れてってやるよ」
「ほんとか!?」
「おーほんとほんと」
思わず跳ねた声をあげる俺をからかうことなく、海来は約束、と言って小指を差し出した。
俺はおずおずとそれに己の小指を絡める。
「ゆーびきりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ハイ、ゆびきった〜」
間延びした声で海来が歌い、俺たちの小指が上下に揺れる。
俺は少しずつ顔が熱くなるのを自覚した。
「どうした?」
そんな俺に不思議そうに海来が首を傾げる。
小指はまだ絡められたままだ。
「……はじめて、だから…」
「指切りげんまん?」
「ン……」
「あっそ。そんなん俺が何度っても指切ってやんよ」
海来がそう言ってぐいと自分の小指を引き寄せると、俺の体も引きずられる。
指を外すという選択肢が浮かばず、されるがまま引き寄せられた俺に海来が笑う。
そして絡めていた指を外して俺の手を開かせ、また笑うのだ。
「ちっちぇ手」
「なっ……」
「でもきっとこれから大きくなるな」
「……」
「大切なものが守れる手になるよ。それまでは俺たちがお前を守ってやるから」
ぽんぽん。
いつもみたいに乱暴にかき混ぜるんじゃなくて、優しく置くように頭を叩かれる。
俺はグッと唇を噛み締めた。
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