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「……ってね、連絡先も渡さずにタクシーに乗って行ったの〜!」
翌日、感動した私は早速友人たちに彼のことを話していた。話を聞いた友人たちも、きゃあきゃあと盛り上がる。
女子校では、男子校と交流のある一部のモテる層しか恋愛などしないので、モテない組の私たちにとって異性の話題はレアだ。
「えー、めっちゃスマート! 大人の男って感じ」
「サラリーマン? 何歳くらい?」
ユキコに聞かれ、彼の顔を思い浮かべてみる。
「スーツだったし、たぶんサラリーマン。年は、うーん。20代半ば? 後半? って感じかな〜……あんまわかんないけど」
そう、何せ親以外の大人の男性を知らないのだ。男性を見ても、いくつくらいというのはあまり見当がつかなかった。
「彼女いるのかなー、いるだろうなー」
「えっ、やっぱりそう思う……?」
タカノがそう呟くのを聞いて、恐る恐る尋ねる。
「決まってるじゃん! そんな気遣いができる男が彼女持ちじゃないわけないでしょ〜」
それを聞いて落胆してしまっている自分がいることに気がついた。
「顔は? 何系? CUTだったら誰に似てる?」
CUTとは私が今ハマっている男性アイドルグループだ。歌はもちろんダンスも上手いところが魅力である。
「それがさぁ、ちょっとソジュンに似てるんだよね……」
「え〜っイケメンじゃん! いいな〜!」
「返してもらうのを求めてないところもいいよね」「わかる〜」「一緒にタクシー乗って帰ろう、とかじゃないのもいい」「傘もビニ傘じゃないのに、太っ腹」
そんなことを話しながら盛り上がる。
「その傘、とっとかなきゃね」
「うん、絶対とっとく。いつでも返せるように」
私は彼の黒い傘を、親の形見でもあるかのようにぎゅっと握る。
「ところでさ、私の制汗剤知らない?」
「え? 知らないけど……。なくしたの?」
「んー、なんか鞄に入れてたはずが、見つかんなくってさ。ま、また買えばいいや」
いつも体育や部活のあとに使っている制汗剤が行方不明なのだ。普段は鞄に入れっぱなしにしているはずで、一応席の周りやロッカー、家の方も探したが、どうも見当たらない。しかしあの人に会えたというラッキーな出来事が起こった分、それくらいの不運はどうってことなく思えた。いつもならまたお小遣いが減ると気にしていたところだが、まったく気にならない。黒い傘のおかげだなと、手元を眺めて思わずにやけてしまった。
もしまた本当に会えたら、運命の人と思っていいのだろうか。
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