運命の黒い傘

3/5
前へ
/5ページ
次へ
* 「……ってね、連絡先も渡さずにタクシーに乗って行ったの〜!」  翌日、感動した私は早速友人たちに彼のことを話していた。話を聞いた友人たちも、きゃあきゃあと盛り上がる。  女子校では、男子校と交流のある一部のモテる層しか恋愛などしないので、モテない組の私たちにとって異性の話題はレアだ。 「えー、めっちゃスマート! 大人の男って感じ」 「サラリーマン? 何歳くらい?」  ユキコに聞かれ、彼の顔を思い浮かべてみる。 「スーツだったし、たぶんサラリーマン。年は、うーん。20代半ば? 後半? って感じかな〜……あんまわかんないけど」  そう、何せ親以外の大人の男性を知らないのだ。男性を見ても、いくつくらいというのはあまり見当がつかなかった。 「彼女いるのかなー、いるだろうなー」 「えっ、やっぱりそう思う……?」  タカノがそう呟くのを聞いて、恐る恐る尋ねる。 「決まってるじゃん! そんな気遣いができる男が彼女持ちじゃないわけないでしょ〜」  それを聞いて落胆してしまっている自分がいることに気がついた。 「顔は? 何系? CUTだったら誰に似てる?」  CUTとは私が今ハマっている男性アイドルグループだ。歌はもちろんダンスも上手いところが魅力である。 「それがさぁ、ちょっとソジュンに似てるんだよね……」 「え〜っイケメンじゃん! いいな〜!」 「返してもらうのを求めてないところもいいよね」「わかる〜」「一緒にタクシー乗って帰ろう、とかじゃないのもいい」「傘もビニ傘じゃないのに、太っ腹」  そんなことを話しながら盛り上がる。 「その傘、とっとかなきゃね」 「うん、絶対とっとく。いつでも返せるように」  私は彼の黒い傘を、親の形見でもあるかのようにぎゅっと握る。 「ところでさ、私の制汗剤知らない?」 「え? 知らないけど……。なくしたの?」 「んー、なんか鞄に入れてたはずが、見つかんなくってさ。ま、また買えばいいや」  いつも体育や部活のあとに使っている制汗剤が行方不明なのだ。普段は鞄に入れっぱなしにしているはずで、一応席の周りやロッカー、家の方も探したが、どうも見当たらない。しかしあの人に会えたというラッキーな出来事が起こった分、それくらいの不運はどうってことなく思えた。いつもならまたお小遣いが減ると気にしていたところだが、まったく気にならない。黒い傘のおかげだなと、手元を眺めて思わずにやけてしまった。  もしまた本当に会えたら、運命の人と思っていいのだろうか。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加