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何気なく棚に目をやると、「夏祭りのお知らせ」の回覧板がある。その文末の署名が。
「町内会長、新田義貞の庶子新田俊純の知り合いの女性貞子の三男の奉公先の養子の娘のそのまた娘の友だちの……〇〇が母の、教師一筋25年いとこに総理経験者ありの新田幸楽――学歴――住所歴――ごちゃごちゃうんぬん」
げんなり。
何で誰も彼もが先祖職歴履歴親類縁者等々長々しく綴った名前を。
そして。
回覧板の横には、未来希子の長ったらしい名前の書かれた用紙を表紙に、辞書みたいな厚さの書類がどどどん、と――何冊も積み上がっていた。
「ああ、それ持病の処方箋。お薬手帳兼用で今まで処方された薬が20年分記されたやつ。薬もらうごとについてくるからそんなんなっちゃったのよ」
「え、毎回? 薬処方されるごとに?」
「ネットが禁止された後、薬の飲み合わせの不具合による裁判があったでしょ、20年前。それでそういう法律ができたじゃないの」
いや人名だけじゃなく? 何もかもが省略なしのやたらに冗長な情報付き?
「何でって? そりゃ出自や履歴が誰にでもすぐわかるようによ。どこで誰といようが、相手にとってそれが親切ってもの」
どこかで聞いたセリフだ。
「相手にとって親切かどうか。もっと親切に。相手の為を思って。寄り添って。それこそが人としての基本だからね」
希子の、口癖。先輩から脈々と受け継がれ、希子も後輩へと伝えていくつもりだったそれ。
「今の時代はネットが禁止されたこともあって、何でもすぐに調べられないでしょ。だから常に詳細な情報をぶら下げておくのが必要なのよ」
と言いながら、未来希子は、首から下げた識別証を掲げた。
「覚えられなくてこうしていつも見ながら名乗るんだけどね」
「自分の名前を?」
「さっきのカーナビだってそうよ。毎回毎回、車を買った初日までの操作ミスや乱暴運転を遡って全部教えてくれるからさ、いちいち聞いちゃいられない」
「車を買った初日って……もしかして30年前からのデータってこと?」
「そ。ちゃんと聞いたら全部で3時間はかかるかしらね」
希子の口はぱっくり開いた。
そんな量を毎度全部言われたって、そりゃ聞き流すだけでしょ。とすると全然注意喚起にならないんじゃ? 本末転倒というやつなんじゃ。
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