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「お腹空いてない? 何か作ろうか。これでも料理は得意なのよ」
未来希子が冷蔵庫を開けた。が、すぐに閉めた。
「買い物行こう。何もないわ」
言われて、希子はお腹が空いていることに気が付いた。精神的ショックの他は、打ち身も擦り傷もなかったので、再び未来希子の車に乗り込んだ。
スーパーに着く。そこは希子の勤め先の系列だった。でも商品は並んでいない。代わりにただただ、ポップが果てしなく並んでいる。
『本場カリフォルニアのウォルターさんちのピーターくんとジェシーちゃんが刈入れを手伝った橙色のジュースの元』
『元東大生の井口さんと矢野さんが品種改良に10数年取り組んであるとき突然変異が起こったのをきっかけに発生した金色の、元々は一般的には緑な、将軍吉宗が鷹狩で訪れた場所を名付けた葉っぱ素材』
たぶん。多分だ。そのポップから想像し得る限り、前者はカリフォルニアオレンジのことで、後者は小松菜の新品種。
なのに何故そう簡潔に呼ばない?
未来希子は、眉間にしわを寄せながら、ポップの細かい文字を人差し指で追いつつ読み進めてはメモを取る。
「何となくでいいのでは?」
「これを一字一句間違わずに言わないと、レジでエラーが出るから」
ここへ来て、希子は「ああ」と手を打った。
これの基本は希子のアイディアだった。あの、社長賞に輝いた。
お客様ファースト。
お客様が一目でこの商品の特徴や産地や歴史を知れるようなポップを。それから他のお客様が触らずに済むよう、見本だけを並べる。希望商品を店員が倉庫で集めて渡せば清潔さが保証される。
お客様に親切であるために。お客様の為を思って。お客様に寄り添って。
それが、めざしたところだった。
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