2人が本棚に入れています
本棚に追加
………………。
そりゃ言った。確かに。相手にとって親切でわかりやすく、と。
それが希子の信念。ひいてはお客様ファースト。だから考えたシステム。
ところが、30年経って何だかすごいことになっている。
未来希子が言う。
「あたしの得意料理、あれだから」
「あれって?」
未来希子が1つのポップを指す。
「アミノ酸スコアの高い良質なリジンを含んだたんぱく質と脂溶性ビタミンであるビタミンA、ビタミンE、ビタミンD、ビタミンKや水溶性ビタミンのビタミンB1、ミネラルの鉄にカルシウム――」
だんだん字が小さくなる。未来希子の人差し指の速度が遅くなる。
まだ続くのか。いったいこの食材の正体は?
「夏は16日以内、春や秋は25日以内、冬は57日以内に食すべき。賞味期限不明の場合は水に入れて立った姿で沈んだら加熱せよ、完全に浮いたら食べるべからず――」
それで? その栄養と、賞味期限の目安があるそれは何?
「ボイルにはハードと半熟、おおよそ10分と7分が適当(ただしお好みにも寄る)、サニーサイドアップは出来上がり直前に水を一匙加えてフタをするとピンクに、お菓子には角が立つまで泡立てたメレンゲ――」
あれじゃん。そんな焦らさず、あれと言って。
「○○県の××さんちのトサカに黄色の混じった御年1歳半のコケコちゃんの生んだ朝採れの――」
「だから! あれでしょ?」
しかし、未来希子はまだまだその商品名を読んでいる。
「――あーっと……ここらで文字の細かさが限界」
考え無しに書き始めたらしいポップは、後半だんだん字が小さく詰まっていく。未来希子は老眼鏡をかけて目を近づける。が。
「……はあ。何かもう疲れちゃった……」
いや、読まないのかい!
「見せて!」
まだまだ続いている文を、希子は目で追った。確かに、栄養素、産地に出自、料理法、更にそのレシピへと果てしなく続く説明はとっても親切。……親切過ぎだ。
「もういいわ。今日はこの料理はやめときましょ」
「え、どうして」
「文字が小さくてよく読めないし、隣の別種とを吟味する気力もなくなっちゃったし。レジではポップの文章をまんま告げなくちゃ買えないけど、それまで覚えていられる自信はないし。年寄りにはムリゲーなのよ」
息をついて背を向ける未来希子に、希子は叫んだ。
「卵でしょ!」
最初のコメントを投稿しよう!