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未来希子が振り返った。周りの客らも足を止めて。ビックリ顔で。
「卵! 卵の一言で済むじゃない!」
未来希子の顔が笑みになる。そして、傍にいた年配の人々から歓声が。
「よ、よくぞそんな古語をご存じで!」
「我々より上の世代にしか通じないやつ!」
「今じゃ口にしたら笑われるレベルの死語を!」
拍手まで沸く。
「そ、そうなの? でもせめて、白くて丸くて栄養満点、くらいにしておけばいいのに」
と、聞き捨てならない! とばかりにわらわらと希子の周りに若者が集まってくる。
「いえっ、そんな不親切では人生の大先輩に失礼にあたります!」
「無愛想でぶっきらぼうすぎて礼を欠きます!」
「相手の立場に立った懇切丁寧な説明をするのがマナーであり常識ですから!」
若者らはゆっくりはきはきとポップを読みあげ、2人をレジにいざない、代わりに一言一句間違わずに注文、袋詰めまでしてくれた。
おかげで希子と未来希子は、ちゃんと求める食材の入った袋を手に出来た。
「ありがとう。助かったわ」
若者らはニッコリ微笑み返すと。
「親切には親切を、信頼には信頼を、愛情には愛情を、挨拶には挨拶を。以下○○には○○――――」
全員が声を合わせて暗唱し始めた。
「いやそれ、今回は取り敢えず最初の一言だけでよくない? 3ページ分全部は要らなくない?」
「我々は、年配の方々の親切と信頼と愛情と挨拶と以下○○……の恩恵を受けて育ったわけですから、そんなご無礼なことはできません!」
再び3ページ分を最初っから唱和し直す彼らに、希子も未来希子も笑顔で拝聴するしかなかった。
今どきの若いもんは道徳の3ページが行き渡っていて、必死で相手の立場に立とうとしてくれる。素晴らしい親切マインド。
「あ、ありがとう……」
もう一度礼を言うと、彼らは満足して去って行った。しかし2人は、憔悴し切っていた。
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