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「何、この企画書?」
新人の教育係である希子は、そのあまりにあっさりしたスカスカのレジュメを突っ返した。
ここは大手スーパーの本部。新しい生産者が加わった食材がたくさんあって、新人ならそのアピール方法にもフレッシュなアイディアが出るかと書かせてみた。通れば各支店に指示するための企画書になる。
「卵、肉、魚:生産者ごとに分けて並べる。――それだけ?」
「はあ……」
「相手の立場になってない。もっと親切に。相手の為を思って。寄り添って」
赤ペンの修正だらけのそのレジュメを見て、新人は目を白黒させた。
『例:生産者Aの卵はお肌つるつる美容液効果。Bはお菓子用メレンゲの角の立ち方が絶品。CはTKGならお月見と見まごう輝かしさ』
「な、なるほど……」
新人にとっては「意地悪なお局」と映るかもしれないが、その彼は「はいっ! ありがとうございます!」と背筋を伸ばした。
――効いてるな、社長賞が。
希子は肩をすくめた。
先日、「お客様ファーストな企画」として、「懇切丁寧」を前面に打ち出した希子の姿勢が認められ、栄誉あるその賞を受けたのである。
希子は最近の若者たちの「略語的傾向」に辟易していた。意味がつかめない置いてきぼり感。そんなアラフォーの感覚が発端だ。ジェネレーションギャップが不親切に繋がってはならない。誰でも誰にでも親切にあらねば。
そんなうるさ型の「おばさん」先輩は煙たがられてきた。が、社長賞によって、後輩たちの尊敬と信頼を勝ち取れたのだ。
それが証拠に、受賞パーティでは憧憬と羨望のまなざしだらけ。希子も心からの正直な感謝の辞を述べることができた。
「いいえ、これは私が新人の頃から手取り足取り教えてくださった先輩方の、いえ、そういった先輩方を育ててくださったその前々の先輩方の、脈々と息づいている当社の『親切マインド』がたまたま若輩の私のところで花開いた結果でありまして――」
その信念はジェネレーションギャップを越える。万来の賞賛の拍手を浴びて、それを実感した。
パーティ後は、夫が車で迎えに来てくれた。
受賞賞金を頭金に大盤振る舞い、希子が衝動買いした新車で。その納車も今日に重なるなんて、人生最良の日。
屋根をオープンにして飛ばしてもらう。風が気持ちよく肌を打っていく。
「あのさ、お祝いに作ってみたんだけど」
希子の夫は発明家だ。何かと変な物を作っては楽しませてくれる。今日も何やら四角い物が後部座席に置いてあった。
「もう希子さんの受賞、嬉しくて誇らしくてさ。この装置はね、○○を××にこうしてああしてこうなる△△で――」
気持ちはありがたい。が、お酒も入って、ゴチャゴチャ言ってる中身は希子の耳を素通りする。
パーキングで夫がトイレに行った際、そのトースターみたいな機器を初めて目が認識。「何これ」と扉を開けてみたら――
意識が消えた。
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