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斬り合い
「おい!」
人影の中の一人が正信たちに向かって、ドスの利いた声で言った。よく見ると、相手も三人いる。商人のようだが、二人は天秤棒を左右に広げて、通せん坊をしているようだ。
「何だ?」
正信は落ち着いて応えた。
「島木正信だな?」
真ん中の男が言った。
人里離れた場所で、見知らぬ男にいきなり名前を呼ばれたことで、正信はただならぬ状況に自分が置かれていることを察した。
正信は応答せず、男を睨みつけた。その時、背後に気配を感じた。振り向くと、既に刀を手にした商人風の男がいた。
合計四人。あの茶屋にいた連中だと正信は直ぐに気づいた。茶屋から跡をつけられていたのだ。大切な旅なのに、緊張感が欠けていた。不甲斐ないと正信は反省した。
「何の用だ?」
正信は、左手で刀の鞘を軽く持ち、柄の方へに右手を移動させながら男に向かって言った。
「ふっ」
男は正信の問いかけを鼻で笑って、無視しながら刀を抜いた。
既に、ゆりと惟親は正信の左横で怯えながら体を寄せ合っている。十七と十五の若者にとって、これは耐え難い場面である。二十三になった自分でも、この状況をうまく凌げるか自信がなかった。ただ、弱気を見せたら負けである。
張り詰めた雰囲気の中、ドスっと音がして、背後で誰かが倒れた。
「助太刀いたそう」と、男の声がした。
素早く後ろを見ると、別の人影が二つ、その足元に刀を手にした商人風の男が倒れていた。
一人がゆりと惟親の前に立ち、「助太刀いたす」と繰り返した。もう一人が正信の前に無言で歩み出た。二人とも笠を被っているので、顔がよく見えない。
「うっ!」
今度は襲おうとしていた男たちが狼狽えた。
正信の前に出た男は静かに立ち、刀には手を触れず、軽く握った左右の拳を腰に当てている。
「ええい!」と言いながら、二人の男が天秤棒を横に投げ出して、前に出ながら刀を抜こうとした。その余分な動作が命取りになった。
正信の前の男は素早い動きで刀を右手で抜いた。剣先が右側の男の腕を切り、怯んだところを両手で柄を持って、首から肩にかけて切り込んだ。すかさず、左側の男の胸を刀で突き通したのである。切られた二人は、「ううっ!」を唸っただけで、直ぐに息たえた。最初に切られた男の血が草むらに飛び散っていた。一瞬の出来事だったが、それはまるで舞うような鮮やかな動きだった。
正信は生まれて初めて斬り合いを目の当たりにした。天下太平の江戸の時代にあって、争いのために刀を抜くことは滅多にない。ましてや斬り合いなど見ることもなかった。
気づくと、最初に正信に声をかけた男も、背後で倒れていた男もいなくなっていた。逃げたのだろう。へなへなと座り込んだゆりと惟親を見ながら、自分の体が震えているのにやっと気づいた。
「かたじけない」と、正信は礼を言った。
「無事か?」
ゆりと惟親の側にいた男が二人に声をかけた。ゆりと惟親に代わって、正信が「はい」と答えた。
凄腕のもう一人は、落ち着いた様子で刀の血糊を拭いている。まるで何事もなかったかのようだ。
「何か心当たりでも?」
「それが……」
「わからぬか?」
「はっ」
男は正信の応答を聞きながら、惟親に視線を移して、「ほう、思いあたらぬ……か……」と言った。男の言い方に正信はハッとした。「実は」と言おうとした。と、その時である。
「きゃっ! 血! 血よ〜!」と茂みの中から女の声が聞こえてきた。
「誰だ?」
正信は茂みに向かって声をかけた。
「待ってください。僕たち怪しいものじゃありません!」
今度は若い男の声がした。
二人は黒い服を身にまとい、筒のようなものを背負っている。妙な身なりの女と男が、茂みから飛び出てきたのだった。
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