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自己紹介
「はあ、はあ、はあ〜、こ、ここまで来ればもう大丈夫よ」
緑色の大男から走って逃れてきた翔太と千春は、ゴーグルを握りしめながら息を切らして地面に座り込んだ。
「姉ちゃん、地図見せて」
受け取った地図を見ながら翔太が言った。
「変だよ。駐車場があるはずなのに、ない!」
そこへ正信たち五人も息を切らしながら駆けてきた。
「お主ら、速いな。飛脚なのか?」と、正信が汗を拭いながら訊いた。
「僕は高校生。杉矢翔太です。こっちは、姉の千春です。」
「何? こうこうせいとな?」
聞きなれない言葉に正信はどう反応して良いかわからなかったが、取り敢えず、名を名乗ることにした。窮地を助けてくれた千春と翔太に対しても、助太刀してくれた侍二人に対しても当然だと感じた。
正信は深呼吸をしながら息を整えて、背筋を伸ばして言った。
「拙者は、佐土原藩(現在の宮崎県に位置する)家臣、島木正信と申す」
正信は翔太と千春を見て、助けてくれた二人の侍に体を向けて軽く頭を下げた。
「それと、こちらは妹のゆりと、縁者の西 惟親」と付け加えた。紹介された二人は正信の言葉に合わせて会釈した。
すると、侍の一人が顎紐を解いて傘を取り、褐色の引き締まった顔を見せた。
「小清水 業平と申す。訳あって、名しか言えぬ」
その声から、最初に助太刀を申し出た侍であることがわかった。すると、もう一人が二人の凶賊を一瞬で倒した侍ということになる。
その侍がゆっくりと傘を取り、顔を見せた。その場にいた全員の視線が、その美しい顔立ちに釘付けになった。
「中沢 おと」とひとこと言って、頭を軽く下げた。それは女性の優しい声だった。
「お、女? あの盗賊二人を切った!?」と思わず正信は声を出した。
無言でおとが頷いた。驚きで、その場が静かになった。
と、その時、静けさを破る声が響いた。
「There's a house! (家がある)」
惟親が霧の奥にうっすらと見え始めた屋敷を指差して、英語を口にしたのだった。これまた聞き慣れない言葉に、おとも目を丸くして驚いた。
「英語?」と千春が言った。
ただ、事情を知っていた正信は、慌てて惟親のところへ駆け寄り、「こ、これ!」と言いながら惟親の口を手で押さえた。そして、再び背筋を伸ばして侍二人に一礼して、困り果てた表情で言った。
「これには訳あって……詳しくは話せぬが、拙者はこの者を島津(現在の鹿児島)のあるお方の元に連れて行く命を受けておる」
そう言って、妹のゆりの方を向いて言った。
「お前には何も話さず、すまぬことをした」
そう言って、正信は事情を手短に話した。
惟親は縁者ではなく、もとは佐土原に住む漁師の子であった。十二歳のとき、父親らと漁に出て遭難。その後、アメリカの捕鯨船に助けられてアメリカ本土で五年暮らし、日本に密入国する形で戻ってきたのだった。当時の日本は鎖国をしていたため、どんな理由であろうと、国外に出たら戻ることすらできなかったのである。
その惟親を島津へ連れて行くための、ある意味、偽装の旅であった。ただ、その正信も惟親が最終的に会う相手が誰か名を聞かされていないし、どういう目的で会うのかということも知らされていないと言う。惟親を引き渡す相手との待ち合わせの場所と日時、そして合言葉だけを頼りとした旅であった。
「そうであったか……」
半眼で腕を組んで聞いていた業平が言った。そして、「あの屋敷で少し休ませてもらうのはどうだ」と続けた。疲れ果てていた全員が首を縦に振り、立ちあがって家の方へ歩き始めた。
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