side アオイ

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ーー3月。 翔真の両親が無事に日本に帰国した。今後は近くの大学病院で研究と勤務を兼任するらしい。 「おじさん、お久しぶりです」 「葵くん!悪いね。わざわざ出向いてくれてありがとう。荷物がごちゃごちゃで片付かなくて」 「大丈夫です。俺、今日休みなんで、なんでも言ってください」 翔真の父親は病院内では結構偉い地位についているけれど、それを感じさせない気さくな人だ。俺は翔真の実家に派遣され、荷物の片付けなど手伝いをすることになった。 段ボールの箱を開けながら俺はおじさんを見て聞いた。 「おばさんは?まだ休んでる?」 「ああ、母さんなら、翔真の入学手続きで走りまわっているよ。合格したらすぐに振り込みやら書類やら、やることがたくさんあってね」 「あ、そっか。……あの、翔真、おめでとうございます。あいつ、この1年本当に頑張っていました」 おじさんは嬉しそうに「ありがとう」と言った。 「私たちがそばで全然サポートしてあげられなかったが葵くんがいてくれて翔真も助けられたようだ。本当に世話になったね。改めてちゃんとお礼に伺うからね」 翔真は今日、高校に行っている。 午前中だけだと言っていたから、昼には帰ってくるだろう。 「おじさん、翔真さ……もうすぐ、ここに戻るの?」 「え?いや、まあ今日明日とは言わないが、こちらがある程度片付いたら戻ってきてもらおうかな。いつまでも葵くんのお宅にお邪魔させてしまうのも悪いし……」 「そっか」 「?あ、もしかして翔真が借りてる部屋の片付け、大変そう?3年あったから、服とか参考書とか色々増えてるだろうな。大丈夫、引っ越しはこちらでちゃんとやるから、葵くんたちには迷惑かけないようにするよ」 「あ、いや、そうじゃなくて……」 ……っていうか俺、おじさんに向かって何を言うつもりだ。落ち着け。 俺は髪の毛をかきあげながら、首を左右に振った。 「葵くん?……もしかして、翔真がいなくなるのを寂しがってくれてる?」 「えっ、いやその……まあ。……3年も一緒に住んでたから、俺、兄弟いねーし、弟?みたいで……」 「それを言ったら翔真もだよ。一人っ子だったから、葵くんとの生活は新鮮だったようだ。オンラインで話すときは、よく葵くんの話をしていたよ」 「え?」 翔真が、親に俺の話を? おじさんは優しい笑顔で続ける。 「『小さい頃よく遊んでたのに、葵は俺のことを全然覚えてない』とか、なんか子供みたいなこと言ってたなぁ」 「えぇ……翔真のやつ」 「はは。仕方ないよね、そんなの。あの子が葵くんのことが好きだからよく覚えていただけだろうに」 「……え?」 ピタッと、作業する手が止まった。いや、待って。今、おじさん、なんて? 「翔真……俺のこと好きだったんですか」 「うん。小学生のとき、よく葵くんの名前出してたよ。でもまあ、段々友達とかできるじゃない。葵くんはひとつ学年も上だし、昔みたいにそう頻繁に会えないよって母さんと話したことがあったなぁ。まあ、中学生になったら、さすがにそんなこと言わなくなったけど」 言わないだけで、翔真は葵くんに会いたかったのかもね?と、おじさんは俺に言った。 ……嘘だろ、マジか。あいつ、そんなに俺のこと気にしてたの? あいつがうちに来て、色々話して、確かによくそんな昔のこと覚えてるなぁと思っていたけど。 ーー好き、だったから?昔から、俺のこと。 「っ、おじさん!」 「ん?」 「ごめん。やっぱり翔真、もう少し貸してくれない?」 「えっ?」 「あ………あの、いや、違う。せ、せめて入学するまで!……俺、あいつにちゃんとお祝いとかもしたいし………」 おじさんは少し驚いたような目でこっちを見てる。あーバカ、バカだ俺は。なに言ってんだよマジで!翔真を貸してとか……こどもか! 俺が恥ずかしがりながらオロオロ慌てる様子を見て、おじさんは小さく笑った。 「翔真がそうしたいなら、構わないよ。そうしたら葵くんのご両親にも私たちからちゃんとお願いしよう、ね」 ***** 翔真の実家の片付けを手伝い、俺は足早に家に帰ってきた。 「翔真!」 バンッと勢いよくリビングの扉を開くと、そこには翔真と、翔真の母親がいた。 「あっ、葵くんおかえりなさい!久しぶりねぇ」 「あ……はい」 「ごめんねぇ、今日うちの手伝い行ってくれてたんでしょ?私、とりあえず翔真の入学手続きしてきてね、通り道だからここに寄ったの」 翔真の母親はニコニコ笑顔でそう言った。そりゃそうだよな、一人息子が無事に医大に合格したんだ。 俺は翔真を見た。まだ制服姿のままの翔真は、俺と目があうとやっぱりニコっと微笑んだ。 「おかえり、葵」 「あ、た、ただいま?」 「父さん大丈夫?お昼、折角だから皆で食べに行こうかって話になってるんだけど……」 「え?あ、そうなのか?」 「お父さん、ここまで来れるかしら?車、私が使ってるしどうしよう?」 なに食べに行く?と、どうやらこれから外食に行くことが決まってしまったようだ。 俺は、母さんやおばさんに挟まれ、談笑する翔真にツカツカと近寄っていった。 そして、翔真の腕をぐっと掴んでこちらに引き寄せた。 「!えっ……」 「ーーあの、すみません。今日の外食は母さんたちだけで行ってくれますか。俺……こいつに話があるので」 「あ、葵?」 「えー?そうなの?話って?」 「あ、いや、その……ちょっと、翔真の受験が終わったらやりたいゲームがあって……」 「ゲーム?あんたって……まあ、別に私たちはいいけど……」 母さんがおばさんを見ると、おばさんは数回頷いて「いいわよ」と言った。 「じゃあ私たちどこかでランチしてくるわ。留守番たのめる?」 「うん、大丈夫」 「翔真、葵くん。今までのお礼と、翔真の合格祝いも兼ねて、今度またどこか行きましょうね」 「わかりました」 そういうと、母さんたちは時計を見ながら「昼時だからお店混んじゃうわ~」といいながら、家を出ていった。 「……………」 「……………あの、葵?」 ふたりきりになってから、翔真がゆっくり口を開く。掴んだままの腕が痛いと言われたので、俺は慌てて離した。 「悪い、」 「ううん。……えっと、どうしたの?ちょっとびっくりしてる」 「……お前さ、あー……いや、その。おめでとう、合格」 「……ありがとう。良かったよ、無事に受かって」 ふと笑う翔真の顔は、たぶんこの3年間で一番ほっとした良い顔をしていた。 「…………それで?」 「え、」 「わざわざ母さんたちを追い払ってまで、俺としたかったゲームってなに?」 「………お前なぁ……」 意地悪いぞ、その言い方。というと翔真は口元に手をやりながら笑った。 「待っててくれてありがとう、葵」 「………ほんとにな。お前のお陰で、この数ヶ月ずっと禁欲生活だったわ」 「え、そうなの?」 「飲み会で、高校んとき好きだった女にちょっと言い寄られそうになったんだけど、お前との約束があったから、マジメな葵くんはフラフラせずに帰宅したわけですよ」 「……ははっ……なんだよ、それ……。人が必死で勉強してる間に飲み会行くなよ。それって合コン?」 「いや、飲み会くらい許せよ。サークルとか学科仲間とだよ。合コンじゃねぇし」 俺が、翔真を見ながら「お前は4月からモテまくりだな、医大生」と言ったら、翔真は俺に手を伸ばしてきた。 俺の右手の人差し指をそっとつかむ。 「俺、別にモテたくないし」 「……嫌味か?肩書きだけでモテる要素満載だぞ」 「……俺が、モテたいのは………葵にだけだから……」 少し俯いて、俺の手を握りながら翔真が言う。少し、その手が、震えている気がした。 ……いや、気のせいか? 「お前……小さい頃から俺が好きだったんだな」 「え?」 「お前の父親から聞いた。小さい頃、よく俺のことを話してたって」 「………父さん、余計なことを」 「なのに悪かったな。俺は、全然覚えてなくて。ほら、俺、お前と違って天才じゃねーから、許せよ、な?」 少し屈んで、覗き込むように翔真の顔を見た。目があう。ハッキリと。 メガネ越しに、翔真の濁りのない瞳が映る。 「約束の『最後』………する?」 「……そうだな。母さんたち、どうせ長話しながらショッピングでもして遅くなるだろうし」 「……そうだね」 「お前の部屋……いや、俺の部屋行こう」 「え?」 なんで?という翔真に俺は、翔真の手を握り返しながらニッと笑った。 「4月には出ていくんだろ。お前の部屋もなくなる。最後の思い出くらい、この家に残していけよ」
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