side ショウマ

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side ショウマ

優等生を演じることは特別苦痛ではなかった。 幸いにも俺はもともと頭の回転も早い方で、医者である両親からの遺伝もあり、勉強面で苦労したことはなかった。 高校は、このあたりでトップクラスの学校に入学した。その直後、両親の海外勤務が決まり、俺をひとりで残しておきたくないという両親の希望もあり、近くに住む従兄弟である葵の家にお世話になることが決まった。 葵の両親はとても穏やかな人たちで、少なくとも俺に対してマイナスの言葉や態度を投げたことはなかった。 まあ、もう高校生だし、自分のことは自分でできる。金銭面では、俺の両親から3年間分の俺の学費や生活費その他を予め渡してもらっているから、遠慮するなとも言われているし。 葵の家の空き部屋をひとつ借りて、そこに下宿させてもらっているような感じだ。 そして、葵とは、久しぶりにじっくり話すことになった。 小さい頃は親を交えてよく遊んでいた。俺はよくそのときのことを覚えていたが、葵は違った。昔話をしていても「そんなことあったっけ?」と言われることが多くて、俺は結構ショックだった。 だが、従兄弟との関係など所詮その程度のものなのかと、年齢が上がり色んな友達などにも聞いてみる度に、現実を知っていった。 実際、俺と葵も、段々そんな風に一緒に遊ぶこともなくなり、高校生で一緒に住むようになるまで、ほとんど接点はなかった。学年も違ったから、そう関わりもない。 たとえ俺だけが、ずっと、葵との思い出を心に残していたとしてもーー。 だから、まさか、3年間も高校生になってから、そんな葵と、従兄弟と同居することになるなんて。 俺も葵も、まさに青天の霹靂。まったく考えていなかったことが、現実に起きたのだ。 ***** 「翔真、志望校決めたのか?」 葵が俺の部屋でゲームをやりながらそんなことを言った。 「決めてるよ。このあたりから通える医大」 「ふうん。さすがだなぁ~」 あ、くそ、負けた。と言いながら葵はテレビ画面に食いついている。 葵は大学1年生、俺は高校3年生になった。 俺が葵にひとりでしているところを覗かれた日から早くも半年以上が過ぎた。 季節はまもなく秋から冬に差し掛かる。 年が明ければ、俺はいよいよ受験戦争真っ只中となる。 「ねぇ、一応俺さ、受験生なんだよね。しかも医大志望の。そんな受験生を前にしてよくゲームとかできるよね?」 「あ?だって昨日模試終わったんだろ?1日くらい息抜きしろよ、明日からまた塾漬けなんだから。帰りも遅いんだろ」 「そうだけど……」 俺がノートに手を走らす傍ら、葵は気ままな大学生活を送っている。 正直羨ましい。葵は、法律学科に所属していて将来はその道にいきたいとは聞いている。 でもまだ1年生だから、たまにバイトもやってるみたいで話を聞く限り、楽しそうだ。 2年から本気出す、とか言ってるけど……。 「葵」 「あ?なに」 「俺、大学受かったらこの家出ようと思ってるんだけど。ていうか、出ないといけなくなるな、母さんたち戻ってくるし」 俺がそう言うと、葵はゲームの手を止めた。 俺の両親は、仕事の任期満了を持って来年の3月に日本に戻ってくる。 そのまま残してきた実家に戻り、また俺を入れて3人で暮らしたいと言われている。 「うん、知ってるよ。実家に戻るんだろ。最初からそのつもりだったんだし」 「……近いけど、今みたいに暮らせないね」 「仕方ないだろ。今が特殊なんだ。普通に戻るだけだ」 「…………」 葵は淡々と喋っている。それが当たり前であるように。 俺は小さく溜め息をはいた。そんなこと、わかってはいるんだけど。 あれから、俺と葵は時々一緒にベッドに入った。月に1回くらいで、決して多くはないけど、ベッドの中で恋人がするような真似事をしてる。 葵の両親が泊まりでいないときとか、俺の試験が終わったあととかーー。そうまさに今日、このあとみたいな時。 「……葵」 「うん?」 「今日さ、……ここで寝る?」 俺は、デスクに座りながら、テレビ台の前に座る葵に聞いた。数秒したあと、葵はこちらを振り向いた。 「翔真」 「うん」 「……言おうと思ってたんだけど」 「……うん」 歯切れが悪い葵の態度を見て俺はノートに目線をうつした。 心臓が……少しずつ早くなる。 「お前とはさ、その……何回か、処理……しあったけどさ、こういうのはもう最後にしねぇか?」 「……………最後」 葵は、『最後』と小さく言った。その言葉を聞いて、俺の心拍数は更に加速する。 ーー最後、か。『もうしない』ではなくて、今日が最後ということだろうか? 葵の視線がこちらを見ていることには気づきながら、俺はシャーペンを口元に寄せながら、ふっと笑った。 「葵、それって今日はしてもいいってことだよね?」 「……いや、その。……まあ。いきなりだし、別に……お前がしたくないなら、しなくてもいいし」 「へえ。俺に委ねるのか」 「……今日だけな!?お前も、受験本番だし、3月になったらどのみち別れるだろ。お前、入学したら大変だろうし、色々と」 「……無事に受かったらだけど、ね」 「受かるよ。お前なら。ちゃんと模試で結果出してるの知ってんだからな」 そんな大事なときに、俺なんかのことを頭で考えてる余裕ないだろ、と、葵は言った。 ーーなんだそれ、俺からうまく逃げるための常套句? まあたしかに、終わらせるにはいい機会かな。こんなこと続けてたって、お互いになんにも報われないし、これ以上続けたら、下手に抜け出せなくなりそうだし。 「葵は、それでいいの?」 「は?……どういう意味だよ」 「いや……だから。今日で俺とするのは、最後でいいんだね?」 「……いいもなにも……別に俺たち付き合ってないだろ……ただ、性欲処理してるだけで……」 「…………処理、ね」 今日はやたらとその単語を使うな。まるで、そう思い込もうとしているかのように……。 「たしかに、付き合ってないね。ていうか、別に最後までしてないしね、いくらでも引き返せるよね」 「………そうだな」 だから、別に今日しなくても、いい。と葵は伏し目がちに言った。 ……あーそうか、やっぱり、ちゃんと最後までしなかったから、そうなるのか。 俺は、はは、と笑って椅子から立ち上がって葵のそばまで近寄った。 葵は、コントローラーを置いて、少し警戒しながらこちらを見た。 「……翔真、」 「明日からまた塾漬けなんだ、結構エグイスケジュールだから、耐えられるかなぁ」 「……できるよ、お前なら」 「そうかな。……じゃあ、まあ、その前に……葵に相手してもらおうかな。……久しぶりだから、溜まってるし。ストレス半端ないね、受験生って」 「………わかった」 葵は、少し顔を赤くしながら答えた。 もう夕飯も、風呂も終わってる。 おばさんもおじさんも、最近では葵が俺の部屋に出入りすることも公認してる。 「小さい頃みたいに、仲良くなったのねぇ」なんて言われたときは少し胸がざわついた。 だってまさか部屋の中で、ふたりで触りあってるなんて夢にも思ってないだろうから。 「……翔真、声……押さえろよ」 「ふふ、それは葵にそっくりそのまま返すセリフかな」 「………うるせぇ」 葵は、ゆっくり俺の首もとに腕を回してくる。すっかり慣れたようだ。 俺のしてるときを目撃したあのときに比べたら、随分冷静だし。 「………溜まってるのは、俺だけ?」 「……っ」 「葵、俺としない間、……誰かとした?」 「はぁ?……す、するわけねーし……」 服を脱ぎながらそんな風にいう葵をみながら、俺は笑った。 ーー今日が、最後か。こんな葵を見るのも…… そう思うと悔しくなる。今後は、俺じゃない誰かが、葵とするんだと思うと……。 「…………翔真?」 俺は、手が止まった。葵は、不思議そうな期待を込めたような瞳を俺に向けている。 ……ずるいなぁ、この人。自分から『最後』って切り出してきたくせに、全然『最後』の覚悟できてる顔してないよ。 「ふふ……」 「なっ、……なに笑ってんだよ!」 「いや、……そんな、残念そうな目で見られたら………できないよ、もったいなくて」 「ーーは?」 「今日を、最後にするのはやめようかな。どうせ最後にするならさ……俺の受験が終わるまで……待ってくれない?」 はぁ……?と、葵の混乱したような声がした。 俺はにっこり笑ってそういって、葵から手を離す。 「……どういう意味だよ、そりゃ……」 「だからさ。どっちみち勉強一色になって、恋愛のことなんて考えられなくなるわけだからさ。受験、終わってからでも遅くないかなって」 「いや、だからなにが?俺とお前に……恋愛なんて関係ないだろ、」 「そう思ってるのは葵だけだったりして」 「…………なに?」 葵は、ピクッと眉を揺らした。 俺は、ふぅ、と息を吐いたあとだからさ、と切り出した。 「葵は、俺に恋愛感情なんて微塵もなくて、最初から性欲処理のためかもしれなかったけど、俺は、今までで一度もそんなこと言ったつもりはないんだよね」 「………翔真?」 「俺は、最初から、葵が好きだった。だから、あの日も、葵のことを考えながら、ひとりでしてたんた。……まさか葵にあんなにもハッキリ見られるとは思ってなかったけどさ。……俺って、よっぽど葵の中ではお堅いイメージだったんだなって。そんなこと、するなんて頭にまったくなかったんだろ」 「…………………え?」 葵は、目を見開いて俺を見ていた。 あー……言っちゃった。言うつもり、なかったのにな。 なんでだろ、今日が最後だなんて、当然のように受け入れようとしてる葵みてたら、段々腹が立ってきた。 「………翔真」 「うん?なに」 「……お前、今、なんて言った?」 「え?俺が、ひとりでするなんて思ってなかったって言ったけど」 「いや……………その前」 「……あぁ、葵のことが、好きって話?」 そういうと、葵は急に顔を赤くして黙ってしまった。 いや、待ってよ、なんなのその反応。 かわいいね、って、言って、襲ってほしいのかな。 それとも、俺のことを試してるの? 「す、好き?……好き、って、なんだよ」 「好きは好きだよ。ラブってこと」 「は、はぁ?……いや、男同士だぞ。い、従兄弟だし………年下だし」 「俺、女性には惹かれない……って、最初に言わなかった?」 忘れてるのか忘れたふりをしていたのか。葵は、苦い顔をしながら「そういえば……」と呟く。 「今までは、俺も、こんな関係いつ終わってもいいと思ってたけど、今日、最後って言われたら、自分でも止められなかった」 「……あ?」 「気持ち、隠し通せなかった。駄目もとでも、言いたくなった。とにかく、今日が最後は嫌だ」 「翔真」 「……俺も、混乱してる。葵もでしょ?……悪いけど、だから、今日は、保留にしてくれない。……お願い」 ーー葵、相手に。 なんで俺、ここまで必死になってるんだろ。引いてるよな、葵。今まで好きとか言わずに気持ちいいことだけしてきた仲なのに、重いよな。 「…………翔真、」 「…………うん」 「あのさ………わ、わかっ、た……から」 「……え?」 「今日、最後にするのはやめる。ていうか……今日はなにもしない。お前の受験が終わるまで、待つから」 「……本当に?」 「あぁ。……お前がその方がいいっていうなら。お前の精神衛生面の方が、今は、大事だ」 おばさんたちに、合格したって、伝えたいだろ?と、葵は優しい声色で言った。 「そうだね、浪人は、嫌かな」 「だろ。俺もお前の勉強の邪魔はしたくないから、保留にする。………そんで、俺も、考えるから」 「葵」 「……とにかく!そうしよう、俺は、それまでもうお前の部屋にも入らない。会話も最低限にする。とにかく、受かれよ医学部」 ーー葵は、そう言って。最後に俺の頭をわしゃっとかいてから、部屋を出ていった。 「…………はぁ、嘘………」 ひとりになった部屋の中で、俺は顔を隠すようにして項垂れながら、葵との会話を繰り返すように思い出す。 ーー告白、してしまったのか、俺。こんなタイミングで。 これが最後にすれば良かったのに。 「………みっともな……」 でも、でも。これは本当の気持ち。 俺は、最初から、葵のことが好きだった。 この家に招き入れてもらってからの毎日を過ごすうちに、その気持ちはより明確に、より欲深いものになっていったのだ。 あの日、葵に見つからなければ、一生隠し通す覚悟だったのに。 あの日暴かれた俺の秘密は、まだギリギリ有効性を残してしまっていた。 俺の受験が終わる、そのときまで。
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