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side アオイ
「葵くん、聞いてる?」
俺はハッとして顔を上げた。同じサークルの奴ら何人かが、不思議そうにこちらをみていた。
「葵~!しっかりしろよ、最近よくぼーっとしてんなぁ?」
「う、うるせぇよ」
「なんだぁ?恋煩いか?長岡が話しかけてるってるのに、お前失礼だなぁ」
サークルの飲み会で左隣にいた岳山が絡んできた。俺は、ぱっとテーブルの前をみると、長岡恵美が微笑んでこちらを見ていた。
「葵くん、でも本当、最近ちょっと上の空だよね」
「…………そうかな」
「うん。高校のときはもうちょっと、私のことも見ててくれた気がする」
「………長岡」
「なんだよぉ、お前ら~!元クラスメイトだからって、こんなとこでいちゃつくんじゃねーよ!」
岳山とそのとなりの伊勢が冷やかすようにそう言ってくる。
ーーくそ、余計なこと言うんじゃねーよ!
長岡は、高校時代とはまったく違うかなり明るい茶髪にした髪をくるくる触りながら、首を傾けて俺をみている。
ギャップがすごい。俺が好きだった長岡の黒髪や、無口でミステリアスなイメージはもはやなかった。
高校時代の長岡を知らない奴らからしたら、これが素だと思ってるんだろうな。
「………女って、こえぇ………」
「あ?なんか言ったか葵?」
俺は、岳山の言葉に「なんでもない」と答えた。
高校最後の日、俺は迷った末、長岡恵美に高校時代の想いを伝えることができなかった。
それは、翔真のこともあったからだが、一番は、俺がただ、告白に踏み切る勇気がなかったからだ。
だが、今では告白しなくて良かったと思っている。
だってまさか、長岡と同じ大学の同じ学部に入学することになるなんて思ってもみなかったから。……もし振られていたとしたら、いたたまれなさ過ぎる。それにーー。
「葵くん、なにか取り分けようか?」
長岡が俺に向かって聞いてくる。俺は、じゃあ、と皿を渡した。
ーー高校時代に好きだった女が同じ大学で、サークルで一緒に過ごしたと知ったら、翔真はどう思うだろうか。
嫉妬………するだろうか。
年が明けたらすぐに受験に入るあいつに、今、そんな水を差すようなこと、言うつもりはないけれど。
長岡から皿を受け取りながら俺は、目の前の彼女よりも遅くまで勉強しているであろう翔真の姿を思い出していた。
*****
「葵、遅いじゃない。飲み会?」
まさか、アルコール飲んでないでしょうね?と帰宅した俺に開口一番、母さんはそう聞いてきた。
年も明けた1月の後半。
サークルでの飲み会が遅くなり時計をみるともう日付も変わる、12時近くになっていた。
「飲んでねーよ、ウーロン茶とジュースだけ」
「ならいいけど……二十歳になるまでお酒はだめだからね。ほら、翔真くんもいるんだから、受験生の手前、同居するあなたがへんなことしてあの子の耳に入るのもよくないでしょう。翔真くんの受験が終わるまで、あなたも気をつけてね?」
「わかってるよ、大学生としての節度は守ってるから。今日はサークルの先輩に頼まれてどうしても断れなかっただけだし。もう遅いから、母さん寝なよ、あしたも仕事だろ」
俺がそういうと母さんは少し躊躇ったあと、「お湯、お風呂終わったら抜いておいてね」と言って寝室に向かった。
俺はリビングの部屋に入って、電気をつけるとひとまず座り込んだ。
家に入る前、翔真の部屋を見上げたら当然のように明かりがついていた。
「まだ勉強してるんだな、あいつ………」
本命の志望校の試験までもう二週間を切っている。本当にいよいよ本番だ。現役で入れるチャンスは今年しかない。
医学部は浪人も多くいると聞くが……翔真の希望はあくまで現役合格。
俺は、最後に翔真の部屋に行ったあのときから、ほとんど翔真と話していなかった。朝、すれ違って一言挨拶するくらい。翔真は、もう塾にも足を運ばず、残りは自宅学習とオンライン授業で仕上げをしていく予定らしい。
外に出て体調崩すのも避けたいみたいだから、俺たち家族も万全の態勢で過ごさないとな。
「……………がんばれよ」
俺にできることは、祈ることくらいだけど。
翔真が実力で必ず受かることを願って、祈っているから。
がんばれ。
寒さが身に染みる受験の季節。
俺はまるで自分が再び受験をするような気持ちになりながら、翔真の運命の日を待っていた。
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