10年後のふたり

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10年後のふたり

side ショウマ(28歳) 「結婚おめでとう」 「………嫌味かよ」 ベッドに肘をつきながら嫌そうな顔でこちらを見る葵を、俺は微笑みながら見た。 俺が高校3年間お世話になった従兄弟の葵の家。そしてその葵の部屋に俺はいた。ここにくるのはとても久しぶりだ。 「お前は、なに?今日帰ってきたの?」 「うん。空港から直でここに来たんだ」 「へえ……ってかさ、実家とか病院とか、真っ先に行かなきゃいけないとこ、いくらでもあんだろ?」 葵は少し口を尖らせながらそんなことを言う。 俺は丁度1年前、研修を兼ねた海外勤務に行くため日本を出た。 仕事は大変だったがためになることも多くあらゆる面でも成長できたと思っているので、行ってよかったと思う。 そして、俺が日本を離れて少し経った10ヶ月前。 葵が結婚した。 相手は、高校と大学の同級生だという長岡恵美。社会人になってから、付き合ったり別れたりを数回繰り返し……彼女の方から結婚したいと言われたという。 俺はその話を、海外でパソコンの前で両親から聞いた。 ーーなんていうか、俺が日本にいない間に結婚するとか、なかなか酷なことするな、とは思ったんだけど。 でも、仕方ない。俺が葵の恋人になれる可能性はない。10年前のあのとき、そうはっきり言われたじゃないか。 だから俺は、日本に戻ったら笑顔で、ちゃんと、『おめでとう』を言うんだと心に決めていた。 決めていたんだけどーー。 「葵にまずはお祝い言わなきゃと思って」 「…………遅ぇよ」 「ふふ」 「笑うな」 「いやだって。10ヶ月前に結婚して………2ヶ月前に離婚したとか。……ははっ」 「お前なぁ!人の不幸を笑うんじゃねーっつの!」 葵が叫ぶ。俺は、葵の目の前まで近寄って、鞄をおろし座り込んだ。 「なにがダメだったの?」 「………っ、結局あいつは俺じゃなくて良かったんだよ。付き合ってた頃も、よくくっついたり離れたり微妙だったしさ」 「………浮気されたってこと?」 俺がそう聞くと、葵は「うるせぇ!」と叫んだ。マジかよ、図星か。 「じゃあ、大変だったね」 「ほんとにな。金だけバカみたいに飛んでったわ。あ、一応慰謝料的なもんはもらったけど」 「そうなんだ」 「俺、一応法律事務所勤めだからさ。そういうの向こうもわかってっから簡単に折れた。ま、一括現金でまとめてもらって、あとは全部チャラ」 「あはは」 「だから、笑うな!お前と違ってこっちは高給取りじゃねーんだよ」 まったく、と葵がぶつぶつ呟いている。 そんな葵を見るだけで……俺は、勝手だけど、嬉しくなってしまった。 「葵は怒るだろうけど、俺は良かった」 「あ?」 「『結婚おめでとう』って、何回も練習して自然に言えるようにと思ってたけど……実際できたかどうかわからないから」 「………スピード離婚した相手にかける言葉にもなかなかに困るだろ」 「はは、だね」 葵は、新居はしばらく長岡が住むということで実家に帰ってきていた。ここからの方が職場も近いからあまり不便もないらしい。 「葵」 「……なんだよ」 「なんかなつかしいね」 「あ?」 「10年前、この部屋で葵と最後のキスとかしたの」 「…………そうだったっけ?」 葵はあさっての方向を見ながらすっとぼけている。 「あ、また忘れたふりしてるよね。こどものときみたいに」 「はあ?こどもの頃のことは、本当に覚えてねーよ」 「『こどもの頃のこと』は?……大学生の頃のことは覚えてるんだ」 「!」 俺がそういうと、葵は俺を見ながら眉を潜めた。少し顔を赤くしながら。 「はぁ~……翔真、お前なんなの?まさか10年経ってもまだ俺のことが好きとか言うわけ?」 「葵は、10年経っても俺が葵のことまだ好きでいるって思ってたんじゃないの?わざわざ俺が日本にいないときにしれっと結婚してさ」 「は……はぁ?んなわけねーし!偶然だし。つーかやっぱ好きなのかよ!」 目の前に座る葵を見ながら、俺は笑った。 ーー良かった。思っていたより元気そうで。 「葵、俺が出ていってからも、想像したでしょ」 「はぁ?」 「この部屋に思い出を残していけ、って言ってたよね。あのとき、俺のこと本当はそういう意味で好きになりかけてたんじゃない?善人ぶって強がって俺のこと振ったのにさ」 「………ごめん。頭の良すぎる奴の考えは俺には理解できねーわ………」 俺は笑いながら、葵の右手を掴んだ。振り払われないのを確認してから、ちゅ、と手の甲に口づけた。 「やっぱり葵には俺がいないとだめかなぁ~」 「お前なぁ………離婚したばっかで傷心中の男を口説くなよ」 「傷心中?ふふ、なら尚更いいね。俺が弱ってるとこにつけこんであげる」 「翔真」 俺の名前を呼び、葵は「だったら」と口を開いた。 「今日、母さんと父さん、旅行でいないんだけど」 「まったく都合のいい展開だね」 「本当はわかっててここに直行したんだろ?母さん、お前の親にも旅行のこと嬉しそうに話してたし」 「バレてた」 「当たり前だ」 葵は、少し呆れたように微笑した。 嫌がっているようには見えないことに安心して俺は葵に抱きついた。 「ーーーおかえり、葵」 「なんでだよ、お前のがおかえり、だろ」 「……そっか。じゃあ、ただいま」 そう言ったら、葵はまた「おかえり」と言ってくれた。 翔真、と俺を呼ぶ葵の声が心地いい。 俺はこのままずっと、また葵のそばにいられたらいいのにと願わずにはいられなかった。
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