お気に召すまま

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「おはよう、キーラ」  落ち着きのある優しい声に引かれて目を開けると、私が横たわるベッドに腰をかけたアルヴェルが優しく笑う。大きくカーテンの開かれたゴシック調の窓から顔を覗かせる太陽は、もう随分と高い位置にあった。 「アルヴェル……なぜここに?」  まだハッキリとしない頭を傾げた私に微笑んだ彼は、私の頭を撫でてから頬に手を添える。 窓から注ぐ日の光を遮って私を見つめる彼は、後光の差す天使にすら見えた。 「メイドから聞いた……昨夜は随分と魘されていた様だな」 「むかしのゆめをみたの」 「そうか……本当だ、メリーの魔法に綻びができている」  私の隣で安眠していたぬいぐるみを徐ろに引っこ抜いたアルヴェルは、片手を広げてメリーに翳すと小さく呪文を唱える。  穏やかな緑の魔法陣がその手に浮かび、メリーもそれに呼応して舞い上がった。 ──きれい……。  私は何度も見たはずのその光景に、何度も目を輝かせて視線を注ぐ。 「ほら出来た……何かあったら余のところに来ると良い」 「ありがとう」 「あぁ……あと、読書家なのは構わないが、寝しなの読書に復讐劇はお勧めしないぞ」  アルヴェルは呆れた様に笑って私にメリーを返すと、サイドテーブルに重ねられた本を指差す。 「『タイタス・アンドロニカス』に『ハムレット』……それから、これは?」 「『お気に召すまま』です……でもこれは、きげきよ?」  私は大きく伸びをしてから一番上に乗っているその本を手に取ると、パラパラとページを捲って小さく咳払いをする。 「『この世はすべてひとつの舞台、男も女も、人はみな役者に過ぎぬ』」  そう……この私の人生こそも、たった一つの演劇なのだ。  皮肉屋で悲観的なその言葉を愛おしく眺めた私を、アルヴェルは何も言わずに抱きしめる。  ふわりと漂う彼の香りは春の陽だまりの様に暖かく、そして冬の雪の様に純潔だった。 ea306f50-7de2-452d-8d06-d3baae488bf7 ─fin─
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