あの人へ花束を

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 今年も入学式や始業式の頃になれば、校舎前の桜が見事に咲くだろう。わたしが先生と初めて対面したのはまさに入学直後、桜の樹の下でだった。  入部初日には、わたしの名前に「桜」の字が入っていることを知って、綺麗な名前ね、と言ってくれた。誰に言われるより、先生にそう言われたのが一番嬉しかった──  「理桜(りお)、無理すんなよ」  思い出をさえぎられて、ちょっとムッとしつつ、そう声をかけてきた滋に顔を向ける。  「何、どういう意味よ」  「好きだったんだろ、先生のこと」  間が生まれた。  「当たり前じゃない、顧問の先生だもの」  「そういう意味じゃなくてさ」  「────なによ、何が言いたいの」  声が震えないようにするのに苦労した。対して滋は、いつもとは違う静かな声を変えないまま、続けた。  「そのままだよ。好きだったんだろ。女の先生だけど」  ずばりと言われて、返す言葉を出せなかった。  ……大橋、晶子(しょうこ)先生。  背が高くて、のりの利いた白衣がよく似合う、格好良くて綺麗で、可愛い先生。  名前の通り、水晶みたいにキラキラしていて、それでいてけっこう頑固で。
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