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幸い、彼女達は怪我こそしたものの、命に別状はなかった。
けれどだからといって、何もかも元通りというわけにはいかない。この“友達”の恐ろしさに気付いてしまったからである。彼女は、私が望めばなんでもしてしまう。それこそ、殺人さえも躊躇いなく。
「どうして怒るのです?」
どうにか自宅に連れ帰ったあと。私の部屋にて、サトミちゃんは不思議そうに首を傾げて言った。
「里衣子ちゃんを傷つけた、あの二人は悪者です。悪者がいなくなれば、里衣子ちゃんは安心できます。ですから、いなくなってもらおうとしました。それが、いけないことなのですか?里衣子ちゃんは、それを望んではいなかったのですか?」
「……望まなかったとは、言わない。でも……」
「でも?」
「どれほど嫌いでも、いなくなってほしくても。……人を殺したら、やっぱりダメなの。それは、犯罪だから。取り返しが、つかないから。だから絶対にダメなの、サトミちゃん……」
何故それがダメなのか。自分が一番ショックを受けたのはどういうことなのか。
私は混乱の中、絞り出すように尋ねたのだった。
「……サトミちゃん。本物の友達って、どういうものなのかな。私、わかんないよ。あの人達に怒ったけど、でも……あの人達の言ってたこと、本当に間違ってたのかな」
するとサトミちゃんは、あっさりと答えたのである。
「本物の友達とは、里衣子ちゃんの望みをすべて叶えて、里衣子ちゃんの言うこと全てを肯定して、里衣子ちゃんを世界で一番愛する存在のことを言います」
「な、なんで……」
「貴女が私にそう望んで、そのように設定をしたからです」
「!」
私はようやく、自分の過ちに気が付いたのだった。彼女と付き合うにつれ、一緒にいるにつれ覚えるようになっていた違和感。その正体がやっとわかったからだ。
彼女はなんでも私の言うことを肯定し、私の望みを叶えてくれる。だからこそ、彼女のことが信じられなくなっていたのである。
それはけして、本当に私のことを愛してくれているからではないと。あくまで私が、彼女にそのように求めたからでしかないのだと。
――私、何をやってるんだろう。
トモダチ・カード。
理想の友達。都合の良い友達。ああ、確かに説明文に書いてあった通りだ。これは本当は、ご都合主義の夢幻に浸るための道具ではない。このカードを通じて、誰かを思いやれる自分を思い出すこと。本当に大切なことに気付くための道具であったということを。
「今日もお疲れさまでした、里衣子ちゃん。明日もこの設定を継続しますか?」
夜、いつもの時間になった。私に向かって微笑みかけるサトミちゃん。
本当は自分のためにも彼女のためにも、サヨナラを告げた方がいいのだろう。けれど今の私は、彼女に完全に依存してしまっている。彼女なしでまだ、誰かと健全な人間関係を築ける自信なんてない。
だから、私は。
――もう少しだけ。もう少しだけ、傍にいてね、サトミちゃん。私がいつか、勇気を持てるようになるまで。
「……設定を、変更します。私は……」
友達って、なんだろう?
多分、小さな子供から老人まで、みんながみんな心のどこかで同じ悩みを抱えているはずだ。
友達はほしい。でも、友達を作るのはけして簡単なことじゃない。
悩みながら、迷いながら、怯えながら、試行錯誤しながら。それでも今日も友達と一緒に生きていくのを選ぶのは、“もう一人の自分”ではない存在がいてこそ己が進化できると知っているから。友達がいてこそ日々があり、新しい風が吹くとわかっているからだ。
――サトミちゃん。今度は、私が間違ったことをしたら……ちゃんと、叱ってね。
「おはようございます、里衣子ちゃん。またお会いできましたね。新しい私もよろしくお願いいたします」
「うん。……よろしくね」
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