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ややあって「ヴォルギル、と呼んでくれ」と、若干言いにくそうに言った。何か事情があるのだろうか──もしかしたら本名ではないのかもしれない。そう考えはしたが、詮索しようとは思わなかった。今は。
「君は?」
当然の流れとして、尋ね返される。
名を発するのは何年ぶりだろう、と思いながら答えた。
「アトレ、です」
「アトレ?」
「父が、アトラ、スでしたから。名前を少、し変えて」
青年が目を見張る。この反応からすると、彼は「星読のアトラス」を知っているのだろうか。よくは分からないが庶民の物とは思い難い服を着ていたし、王宮に関係する仕事なのかもしれない。
それきり、彼──ヴォルギルは黙った。無言で食事を進める。アトレも、相手に従って自分の分を完食した。
「……アトレ」
食器を片づけようと立ち上がりかけた時、ヴォルギルが呼びかけた。その瞬間、背筋をぴりりと、何か正体の知れない感覚が駆け上がった。名を呼ばれることが久しぶりだから、そんなものを感じたのだろうか。
「気づいてるかも知れないが、私はある所から逃げてきた。そして間違いなく、追われている」
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