星の塔台

9/18
前へ
/18ページ
次へ
 硬い声。逃げるという行為がどういうものか、アトレ自身の感覚でははっきり分からなかったが、それが悲しいこと、屈辱をともなう時もあることだと、理解はできる。父がアトレの実の両親について語る際、きっとそうだったろうと教えてくれたから。 「だから今はまだ帰れない。申し訳ないが、しばらくここに居させてもらえるだろうか。傷が治ったらなるべく早く出ていくから」  アトレは正直、迷った。  平穏を乱されたくはない、だが困った人間を見過ごせるほどに薄情にもなれない。父以外、他の人間にはほとんど会うことなく過ごしてきた自分であっても、それなりの情は持っている。  足に傷を負っているとはいえ、さほど深いものではないと思うし、彼は若いから回復も速いだろう。そう、長い日々の話ではないはずだ。結論づけ、アトレは答えた。 「わか、りました。ヴォル、ギル」  日々は、予測に反して、静かに過ぎていった。  数日過ごすうちに、アトレは会話をすることにだいぶ慣れたようで、途中で言葉がつっかかることも少なくなった。話題は自然と、彼女の生い立ちや暮らしのことが出る。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加