空を走るあなた

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 鳴り響くチャイムの音に、『ハムレット』のヒロイン、オフィーリアになりきっていた思考を遮られ、それを潮に私は閉じた分厚い本を元の棚に戻し、図書室を出た。夏至が近いため、廊下に差し込む陽の光はまだ強く、まぶしかった。  昇降口で靴を履き替え、扉から外へ出ると、すぐ左には校舎のあるエリアとグラウンドを隔てる、高い金網があった。その頃の母校は、一部建物の修繕が行われていたために本来の昇降口を使えなくて、学年ごとに仮の昇降口が設定されていた。そして私たち一年生は、グラウンド近くの出入口と決まっていたのだ。  いつもなら興味を向けずに通り過ぎるグラウンドに、その日その時はなぜか、視線が向いた。もうとっくに皆帰っただろう、と思いながら見た先には、人の姿があった。  部活のユニフォームらしき、半袖シャツと短パンを身に着けた男子が、白線で描かれたトラックを走っていた。たった一人で。  濃い夕焼けの中、誰もいないグラウンドのトラックを何周も回り続ける人物に、どうしてか魅了された。疾走する姿に一生懸命さを感じただけではない。なにか、具体的に説明はできないけれど、惹かれるものがあったのだ。
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