僕と彼女、私と彼の、クリスマスイブの一夜

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 クリスマスにはケーキ作るからね、と言っていた元彼女を思い出す。料理も菓子作りも上手で、良い妻、良い母になってくれると思っていたのだが、自分の独りよがりだったようだ。ふう、と何度ついたか知れないため息を、また吐き出す。  小綺麗で、丸太小屋を模したらしいその店に、気まぐれで足を踏み入れた。古い木戸に見えるように作られた扉を開けると、暖められた空気と甘い匂いが漂ってくる。  先客である女性は、ショーケースに目を向けたまま、まだ考え込んでいる風情だ。よく見ると、彼女が視線を走らせているのはカットケーキばかり。ホールケーキには目もくれない。  ということはやはり、一人クリスマス組なのか。横顔だけでも綺麗だと感じるのだから、正面から見ればかなりの美人だろう。こんな女性でも彼氏がいなかったりするのか。  反射的にシンパシーを感じてしまった。  彼女の視線を追うと、サンタクロースの顔を模した、ドーム型のショートケーキが目に入る。子供だったら喜びそうな、かつ「食べるのがかわいそう」と言い出しそうな、可愛らしいデザイン。俺がもしこれを買ったら、同席する人間にはからかわれるだろう。
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