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男の家で暮らし始めて3日。 彼の家には誰もこない。 彼が出掛けてる間は一人だ。 逃げようと思えばいつでも逃げられる。 でも、俺には元の生活に戻る方が地獄だった。 この家の風呂はジャグジーまでついてる。 まるでホテルだ。 冷蔵庫には高級な食材が詰め込まれてる。 が、彼は料理はしない。 もっぱら外食だ。 肉も焼き肉ではなく高級ステーキだった。 初めてあんなに柔らかい肉を食べた。 そのせいか腹を下した。 俺の体がびっくりしたんだろう。 暇すぎてやることもないので、掃除したり料理したり、洗濯したり。 まるで家政婦だ。 料理は大方祖母に教えてもらった。 うちは父親が早くに亡くなったから母親が働いててほぼ家にいなかった。 だから祖母が母親代わりだった。 貧乏だったけどそれなりに幸せだった。 親父の借金が見つかるまでは。 「いい匂い。何作ってんだ?」 「豚汁です。外食ばっかりじゃ体によくないですよ。」 「ちょっと顔色よくなってきたな。」 「ここに来てからよく眠れてるし、仕事行かなくていいって思ったら気が楽で。」 「あんた死にそうな顔してたもんな。」 「死ぬ勇気がないだけで、いつ死んでもいいって思ってたから。」 「もったいねぇ。あんたまだ何も楽しいことしてねぇじゃねぇか。」 「楽しいこと。」 「したいことないんか?」 「...思い付かない。」 「終わってんなぁ。」 確かに終わってるのかもしれない。 ご飯食べ終わって風呂に入ってると彼が全裸で入ってきた。 「え?」 「裸の付き合い大事やろ。」 いくらでかい風呂とはいえ、男二人で入るには狭い。 「そういえば名前は?」 「俺か?脇谷龍一。」 「じゃあワッキーか。」 「その呼び方やめろ。」 「ワッキー歳は?」 「32。だからその呼び方やめろて!」 「嫌がられるとそう呼びたくなるな。」 笑ってると腕を捕まれ引き寄せられた。 「なめとったら知らんぞ。」 と言われたけどあんまり怖くない。 気付くと唇を塞がれていた。 そう言えば抱くとか言ってたような。 「あかん、のぼせる。でるぞ。」 俺は荷物のように担がれベットに押し倒された。 「風邪引くよ。」 「風邪引かんぐらい熱くさせたるわ。」 今から抱かれるというのに俺には何故か恐怖心がなかった。 「お前、なんでそんな平然としてんねん。」 「え?」 「知らん男に抱かれるのに、もちょっと抵抗しろよ。」 「確かに。」 「おもんな。」 「じゃあ、嫌がるフリする?」 「アホちゃうか。」 髪を乾かし、着替えると彼はすっかり拗ねて酒を煽っていた。 「俺、最後にそういうことしたの風俗だったんだよね。営業先の人に連れていかれて。でもできなかった。」 「え?」 「申し訳なくて女の子にお金渡して帰った。」 「もったいな。」 「自分のこと後回しにしすぎた結果だよな。」 俺がそう言うと彼は酒を渡してきた。 「飲め。」 「俺お酒弱いし。」 「ええんや。酔って迷惑かけても。俺が介抱したる。」 「そう?」 いつも迷惑かけないように酔わない程度にしか飲まなかった。 が、俺は何杯のんでも酔わなかった。 先に潰れたのは彼だった。 「何だよ、介抱してくれるんじゃなかったのか?」 「あんた、強すぎだろ。」 「初めてこんなに飲んだ。旨いんだな酒って。」 彼を担いでベットに寝かせたが腕を捕まれ離してくれなかった。 仕方なくそのまま隣で寝た。 翌朝、頭痛でもがいてる彼の横でスッキリ目覚めた。 「二度とあんたと酒のまんわ。」 「えー?楽しかったのに。次は泡盛とか飲んでみたいな。」 「アホか。」 「二日酔いには味噌汁だな。って、味噌もうないか。」 「近くにスーパーあるから買いに行ってこいよ。ついでにタバコ頼むわ。」 「出ていいの?」 「あんた、帰るとこないやろ。」 「まぁ、そうだね。」 彼が渡してくれた鍵には俺が欲しかったものが付いてた。 それは信頼という目には見えないもの。 こんな風に誰かと他愛もない話をしたり、笑ったりすること、久しくなかった。 昔、一度だけ祖母と母とクリスマスケーキを食べたな。 あのときは楽しかった。 サンタクロースはいるんだと本気で信じてた最後のクリスマスだった。 そんなことを思い出せる自分に驚いた。 借金取りの男に少しずつ絆されているような。 タバコと味噌を買って帰ると彼が 「おかえり。」と言って出迎えてくれた。 その光景を懐かしく感じた。 前にも同じようなことがあったような。
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