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どこにでもある平凡でなんの面白みのない俺の人生がある日一変した。
「あんた、田所の連帯保証人だよな?」
コワモテの男が俺の目の前に現れ、紙切れを突きつけてきた。
田所は高校の野球部の後輩で、一年前確かにその紙切れにサインしてやった。
でも100万ほどだったし必ず返しますって言ってたし。
だけど、紙切れの金額は一つゼロが多かった。
「1000万?」
「なんや、騙されたんか。上手いこと利用されたんやなあんた。」
「田所は?」
「逃走中や。連絡もつかんし、どこにおるかもさっぱり。」
「1000万なんて金ないですよ。」
「やろうなぁ。色々調べさせてもろたけど、あんた二年前やっと親の借金返し終えたばっかりやもんな。」
「はい。」
俺はその為だけの人生を生きてきた。
借金を返し終えたからといって、今さら自分の人生を生きる気にもなれない。
まだ35なのにもう余生を生きてる気になる。
「とりあえず付いてきてもらおか。」
「俺、殺されるんですか?」
「殺してどないすんねん。何の得にもならんのに。」
いっそ殺してくれた方がマシだ。
この先、俺の人生に幸せな瞬間が訪れるとは思えない。
親の借金を返すために仕事しかしてこなかった。
だから今の俺には仕事しかない。
「とりあえず、しばらくここにおってもらう。」
「え?」
連れてこられたのは高級マンション。
広すぎるリビング、広すぎるキッチン、デカすぎるテレビ。
異次元の世界だ。
「でも仕事は?」
「有給でも使って休め。」
「そんなわけには、」
「あんたがおらんでも仕事は回る。」
そうか。
確かにその通りだ。
それに正直、毎朝起きる度に仕事に行くのが憂鬱だった。
うちの会社は所謂ブラックってやつだ。
上司のパワハラも日常茶飯事すぎてもうなにも感じなくなってた。
気付くと、すみませんが口癖になってた。
明日から仕事に行かなくていいと思うと何て気が楽なんだ。
と、今のこの状況でも思えてしまうぐらい実は精神的にも肉体的にも限界だった。
だからか俺は何者かも分からない男の家でぐっすり眠ってしまった。
翌朝、目が覚めるとでっかいベットに寝かされていた。
さすがにヤバいと思って起き上がると男に押し戻された。
「あんためっちゃ疲れてたんやな。知らん男の家で安眠できるなんて。それかよっぽど図太いんか。」
「すみません。最近あんまり眠れてなくて。」
「目の下のクマちょっとはマシになったみたいやな。俺もさすがに不健康そうな男、抱く気にならんわ。」
「え?抱く?」
「田所が見つかるまであんたは俺のもんや。連帯保証人やからな。」
「ぞ、臓器売ったりするんですか?俺の内蔵なんかボロボロで高く売れませんよ?」
「アホか。あんたには俺が満足するまで相手してもらうだけや。」
そう言うと男は俺の体をボディーチェックのように触り始めた。
「色気ないのう。今のあんた屍みたいやな。とりあえず肉食いに行くぞ。」
「肉なんて何年食べてないだろ。」
「あんたよう生きてこれたな。まぁ、あんだけの借金返すために頑張ったんやもんな。」
男は優しい顔で俺の頭を撫でた。
そんなこと誰にも言われたことなかった。
そもそも借金のことなんて誰にも相談できなかった。
全部一人で何とかしないと、そう思ってきた。
そして振り向くと誰もいなくなってた。
孤独とはこういうことかと今になって思う。
「ありがとう。」
「え!?なに泣いてんねん!」
「え?泣いてる?」
涙が勝手に溢れてきた。
まだ水分残ってたんだ、俺の中に。
「全部だしてまえ。」
差し出されたテイッシュは想像以上に柔らかくてまた泣けた。
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