街と血管

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 俺が番人をやっているコインランドリーは、いつもパトカーが走り回っている街のやたらと鳩が多いお観音様の、表参道の端の方にある。  この町の鳩は人を襲うことで有名だが、なんでかいつも集中的に俺を狙う。なんかそういう人生ってあるんだろう。ハトに襲われやすかったりATМがやたら故障してたり、地下鉄で他人の喧嘩によく遭遇したり。そういう、実害ないけどなんかちょっとむかつく出来事が人生に10も20も積み重なって、さすがにそのくらいの数積み重なるとそれはまあ実害と呼べるようなものになり、詳細は省くが職を失ってメンタルもちょっとガタがきて、結局俺はコインランドリーの主を任された。  遠い親戚がやってるこのランドリーは、五台ある大型洗濯機のうち三台が壊れている。残った二台も限りなく壊れかけていて、青いのと赤いのがガコガコと爆音を立てて頑張っていて、そいつらは色が似てるからという理由で「動脈」「静脈」と呼ばれていた。俺の仕事は「動脈」と「静脈」を守ることだ。この二台が壊れたらもうランドリーは営業できない。だからパイプ椅子に座って、日がな一日、いたずらをされないように見張っている。近所のスナックの酔客やら異国語で大喧嘩しているよく分からない団体やら、御朱印帳片手にエモいエモいとボロい街並みの写真を撮っていくサブカルかぶれの女子大生まで、「動脈」と「静脈」には敵が多いのだ。うるせえな、家に帰れ、国に帰れ、なんか小汚い感じのミニシアター映画でも見てろ。心の中でいちいち毒づきながら、俺はただ座っている。ただ座ってるだけとはいえ、体を張って守ってくれる存在があるという意味では、俺よりもこの洗濯機たちの方がえらいのかもしれない。 「あ」  今日は、居眠りをしている間に、ハトに卵を産まれた。たまにあるのだ。巣も作らず、夜も待たず、ただ屋根があるからという理由でハトがぽろりと卵を産み落としていくことが。ころんとしたそれは、ちょうど「動脈」と「静脈」の間で所在なさげに、青っぽい白さで転がっていた。なんだってこんな所で産気づくかねぇ、と思いつつ、特には思い入れもなく、俺はその卵をごみ箱に捨てる。動脈と静脈と白い卵、今日も空は高く、通りを赤いランプをつけたパトカーが走り抜けていく。卵の表面は乾いていた。  お客が入ってきて『動脈』の方にタオルケットやズボンを突っ込み、スイッチを押した。ガコガコと不穏な音をたてて動脈は働き始める。たばこを吸いながら出て行こうとするお客に、ふと、さっきまでそこにハトの卵があったんですよ、と言ってやりたいような気分になった。しかし特に意味はないのでやめる。卵を産み捨てたハトのことを思った。きっと俺に似て、何かと間の多い人生を送ってきたのだろう。こんなうるさいところで卵を落としていくぐらいだから。そういうもんだよなぁ、とつぶやきながら、俺もタバコに火をつけた。「動脈」が本格的に洗濯を開始し、ぼろいランドリーの建物自体が揺れている。仕事探さないとなぁ、と思いながら、煙を吐き出した。
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