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でも、これじゃダメだ。
このままじゃ私が壊れる。
自分が自分じゃいられなくなる。
私という人間を取り戻したい、そんな想いが湧き上がる。
「ねえ、萌香。ワイシャツの襟首はちゃんと手洗いしてる? 汚れているように見えるんだけど」
エプロンポケットの中に入れていた手を出して、司の手から不愛想にそれを受け取る。
自分でやればいいのに、私は後片付けをしているのに。
その不服が顔に出てしまっていたのだろう。
「なんなの? その顔。自分が悪いのに、なんでそんな顔をするんだよ、萌香」
……、私が悪いの?
「まるで僕が悪いみたいな顔をするよね、ホラ! 見てごらんよ、酷い顔をしているよ、萌香!」
二の腕に食い込む彼の指が痛い。
無理やり私を引き摺るようにして洗面所へと連れて行かれて。
「ねえ、今どんな顔をしているか自分で説明してよ? ねえ、なんで? どうして泣くのさ?」
うすら笑いを浮かべて鏡越しに私を眺めている夫に悔しさがこみ上げる。
「もう、やめて! どうして? 結婚前はあんなに優しかったのに、なんで」
「は? 今だって僕は萌香に優しくしているつもりだよ? 元彼と違って、いつだって側にいるでしょう? 萌香の出来ていないことはちゃんと教えてあげてるし、仕事を辞めないことだってまだ大目に見てあげてるよ? これって僕の優しさだって、そう思わないの? 思えないの? ねえ? ねえ?!」
鏡に映る私めがけて夫の拳が飛んだ瞬間、まるで心が砕けてしまうように。
鏡は大きな音を立てて粉々に砕け散った。
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