いちばん、ってなんだろう?

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 ぼくが産まれたとき、ぼくは母のいちばんだった。だって、ほかには産まれていなかったから。 「わたしの、かわいいかわいいぼっちゃん」  そういって、母はぼくをなんどもなでた。だきしめてくれた。  ぼくは母のいちばんだったから、ぼくはもうそれはそれはうれしそうになでられた。だきしめられた。なでてもらうことが、だきしめられることがいちばんであるぼくのとっけんだったからだ。  まもなくして、弟が産まれた。  ぼくは、きゅうに母のいちばんではなくなってしまった。  いちばんだけど、にばんになってしまったのだ。  それはぼくには、とってもつらかった。  ああほら、今だっていちばんの弟が泣いている。弟はじぶんがいちばんだってわかっているから、いちばんである母をよんでいるのだ。  けど、いちばんの母は今、手がはなせなかった。しかたないので、いちばんだけどにばんめのぼくが弟のいちばんのかわりになる。 「よーしよし、ほら、泣かないでおくれ」  がんばってあやすけど、弟はもっとはげしく泣きさけぶばかりだった。  だって、弟はいちばんだったから。いちばんの母だけにあやしてほしかったのだから。  どうしていいかわからず、ぼくも泣きたくなった。ぼくだっていちばんになぐさめてほしかった。よくがんばったね、ってまえにみたいに、またなでてほしかった。  弟のおお泣きに、なにごとかと、だいどころから母がかけよってきた。  母はまよわず、いちばんをだきあげた。 「どうしたの?お兄ちゃんとけんかしたのかな?よしよし」  口の中で生クリームがとけているみたいな声で、母が弟をあやす。  ぼくは口の中でどろがつまったみたいになっちゃって、声もだせなかった。  だって、ぼくはとってもさびしかったから。  ああ、ぼくはやっぱりにばんなんだなっ、て。  だから、なみだをこぼしてしまったんだ。 「こんちはー!」  げんかんからのうてんきな声がきこえた。 「はーい」  母がすぐにおちついてうっすらねいきをたてだす弟をだいたまま、げんかんにむかった。  にばんのぼくは、そのあとについて行かなかった。  なみだのあとがのこるくらいかおで、そのばにすわったままでいた。  母がいちばんをかかえてもどってくる。  そのせなかから、「よっ」とおじちゃんがかおをだした。  おじちゃんは、母のお兄ちゃんらしい。  ぼくはおじちゃんを見て、それから母を、そこにまだだかれている弟を見て、また泣きそうになった。  だって、ずっといちばんに甘えているだもん。  ぼくだって、いちばんに甘えたいのに。  じぶんの目のあたりが苦しくなるのをかんじて、ぼくはかおをおとした。  どしっ、とあたまのいちばん上で音がした。 「げんきか?」  ぼくのまえにすわったおじちゃんが、ぼくのあたまをなでてきた。  ちがう。  ぼくがなでてほしいのは、いちばんに、いちばんの母になんだ。  ぼくがその手を、ぱちん、とはたく。  すると、 「はっははー!」  と、おじちゃんがようきに笑った。  ぼくはむっとなってにらんだ。  でも、おじちゃんは笑がおだった。  その笑がおは、なんでもしっている、っていう笑がおだった。 「お母さんになでてほしいんだろ?ほんとはさ」  ぼくの口の中で、またどろがつまってしまった。  だから、ゆっくりとうなずいて、下をむいてしまう。  だって、ほんとうのことだったから。 「おじちゃんもなあ、ぼっちゃんとおなじとしのころ、そうだったんだ」 「……おなじ?」 「ああ、そうだ。おなじだった。妹が、ぼっちゃんのお母さんが産まれてからは、おじちゃんはおかあさんに甘えられなくなった。まるで、お母さんのいちばんを妹にとりあげられちゃったみたいにさ」  ぼくはおどろいて、おじちゃんのかおを見つめた。  おじちゃんのかおは、まだあの笑がおのままだった。 「『お兄ちゃんなんだから』、ってよく言われたよ。おじちゃんは、それがいやでいやでね。ある日、いえでしたんだ」  おじちゃんはとおくの、いえからずっとずっとはなれたところにあるこうえんに行った。そして、そのゆうぐのひとつに、ひがくれて、またひがでて、またくれるまでいたんだって。 「きがついたときは、びょういんのべっどにねてて、そのとなりにはおじちゃんのおかあさんがいて、目をさましたおじちゃんをみて、おじちゃんのおかあさんは、ちからいっぱいだきしめてくれたんだ。おじちゃん、そのとき、わけわからなかったけど、なんだかかなしくてな」 「かな、しい?だいてもらったのに?」 「ああ、だってそのだきかたが、おじちゃんにあやまっているみたいだったから」  ぼくにはよくわからず、目のあたりがまたきつくなった。 「そんときから、おじちゃんのお母さんは、おじちゃんに『お兄ちゃんなんだから』、って言わなくなったんだ。そのかわり――」  おじちゃんが、こんどは、へんな笑がおになった。 「『わたしのいちばんのお兄ちゃん』って、なにかおじちゃんにたのみごとをするときには言うようになったんだ」  ぼくは、口からどろをはきだして笑った。  それを見て、おじちゃんがやさしそうなかおになった。 「きっとさ、ぼっちゃんのお母さんも、そうおもってるよ」  ぼくはねがうように、もとめるようにおじちゃんのかおを見つめかえした。 「……ほんと?」 「ほんとさ。だってぼっちゃんはね、お母さんのいちばんなんだから」  おじちゃんが、またぼくのあたまに手をのばしてくる。  ぼくはいつのまにかいやじゃなくなっていたから、そのままなでられた。 「はっははー!」 「へへっ」  ぼくもつられて笑う。  だって、ぼくは『いちばんのお兄ちゃん』なんだって。  やっぱり、母のいちばんなんだって、あんしんしたから。
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