春待つ彼と消えゆく私

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 幻想郷にはいくつもの掟がある。郷の外へ出てはならぬ。人と交わりを持ってはならぬ。郷の掟はどれもこれも「ならぬ」ばかりで、妖精は郷の掟に早くも飽いていた。  けれど、それは妖精だけが持った性格だったらしい。彼女と同じとき同じように生まれた姉妹は多くいるが、彼女たちはみな掟に従順で、彼女のように好奇心が旺盛な妖精はいなかった。  小さな一軒家の前に置かれた荷物がすべて片付けられると、あたりはいつもの静けさを取り戻した。妖精は周囲をぐるりと見回す。自分と同じ幻想郷の住人は誰もいない。  郷の外へ出てはならない、との掟が脳裏をかすめたけれど、ちょっと様子を見てくるだけだ。幻想郷のみなも、様子が分かれば安心だってするだろう。  そう都合よくひとりで納得し、背の透明な氷の翅を震わせて妖精は森の入口へ飛ぶ。  妖精は、人間というものを一目近くで見てみたかった。  石造りの家は二階建てで、裏手へ回れば大きな水車が回っている。ぐるぐる回る水車は人が住み始めても相変わらずで、少し落ち着いた。  そうしてふと見上げれば、いつも閉まったままだった窓が開いた。一人の青年が、窓辺に頬杖をつく。
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