春待つ彼と消えゆく私

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 妖精は言葉を失った。理由は恐怖でも忌避でもなく、憧憬だった。  青年は氷雨色の髪と湖水色の瞳をしていた。冬の女神の愛する色だ。妖精が羨み欲しがった色。  高鳴る胸を知れず両手で押さえていた。その青年の姿は、妖精の目にはあまりに美しく映った。  どれほど焦がれて見ていたことだろう。そのうち、妖精は彼の様子にひとつの思いが芽生える。 (――――笑ってほしい)  窓辺に座り森を眺める青年は、表情に影がさしていた。憂いある眼差しに、妖精は胸が締めつけられる思いだった。  この日から、妖精はこの水車の家へ通うようになっていた。  人間の暦でひと月が過ぎた頃、幻想郷の森には雪が降り積もり、そこに生きとし生ける者たちすべてが眠りにつきつつあった。黄色の髪の妖精は、森の中で眠りからはぐれたものがいないかと見て回る。  冬の女神の仕事は、この世界に冬を呼ぶことだ。けれど女神は世界をあまねく見ていくことはできないから、使者として妖精たちが冬を連れてあちこちに飛びまわる。  森奥の氷湖に花が咲いていた。森が冬の眠りについた証のように咲く花だ。妖精はそっと花を摘む。
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