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氷と霜の花束を、青年は丁寧に受け取ってくれた。水の香りがする花束を、ひとしきり眺めたあとで部屋の花瓶へと活けた。
「このあたりには僕しかいないと思ってた。どこに住んでるの?」
「え、っと――ちょっと遠くの方。遊びに、きたの」
心臓の鼓動が、彼まで聞こえていないだろうか。そんな心配をするほど、妖精の胸は高鳴っていた。
「僕は最近越してきたんだよ」と応える青年は、妖精の言葉を疑ってはいないようだった。
このあたりに人は誰もおらず、青年はここへ仕事をしに来たそうだ。風景を絵に残す仕事だという。ただ、なかなかうまくいかず困っているそうだった。
「そうだ。名前! きみの名前は?」
「なまえ……?」
妖精たちには種の名前こそあれど、個の名前は存在しない。名を尋ねられ、自分が妖精であることがバレてしまったのか、と彼女は顔を青くした。
その様子に、今度は青年が不思議そうな顔をする。けれど重ねて尋ねることはせず、代わりに「僕の自己紹介がまだだった」と朗らかに笑う。
「僕の名前はレンテだよ。よかったら、きみと友達になりたい」
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