春待つ彼と消えゆく私

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 つららから滴る雪解けの音は、彼女の涙の音に似ていた。  花の咲き誇る庭に一迅の風が吹き抜け、花弁を舞いあげる。青年はひとり上を向いた。  喪失感(かなしみ)に押しつぶされてしまわないように―― *****  森の入口にひとりの青年が越してきたのは、このあたりが冬に閉ざされるよりも少し前のことだった。  広く静かな湖と大樹の群生する森ばかりの土地の傍に、人間が越してくることは初めてだった。  ここは世界最後の幻想郷。魔法息づく最後の郷だ。人間の世界では「幻想」と呼ばれるようになった魔法が今も生活の隣にあり、人ではない者たちが棲んでいる。  機械仕掛けの乗り物――大人たちはトラックと呼んでいた――が、森の入口の一軒家へやって来て、荷物を降ろしては走り去っていく。家の前へ降ろされた荷物は、人間がひとりで家の中へ運び入れる。 「引越し」という一連の様子を、木陰からひとりのちいさな妖精が見つめていた。人間が背中を向けている時だけ、木陰からひょっこり顔を覗かせる。そのたびに黄色のおさげがふらりと揺れた。  妖精は冬の女神に側仕えとして創られた眷属のひとりだった。
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