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「ママ、牛乳」
ハニエンに夢中で、こちらを見もせずコップを突き出す娘を、コラ、と私はたしなめる。
「牛乳ください、でしょ?」
「牛乳ください」
「はい、どうぞ」
テレビから目を離すことなく、紗夏は牛乳のおかわりを飲む。
紗夏が好きだから、牛乳はいつも2本買うようになった。ストローを差して飲む、小さなパックのオレンジジュースもいつのまにか冷蔵庫の定番だ。
ウサギや猫やクマのシール。ポンポン付きのヘアゴム。しゃぼん玉セット。ディズニーの三輪車。マジックテープのスニーカー。お子様ランチのカップゼリー。紗夏がいることで、私の日々に増えたものはいっぱいある。否、戻ってきたものがいっぱいあるのだ。
子供のときは身近にあったのに、いつのまにか忘れていたそういうものたちは紗夏を通していきいきと私の毎日によみがえっている。
今観ているハニエンだってそう。なんなら、このコーヒーだって、きっとそう。
小さい時の私はやっぱり牛乳が好きで、毎朝母がコーヒーを飲むのを、あんな苦いものをどうしてわざわざ、と思っていた。
一人暮らしの家にもコーヒーはなかったし、就職したばかりの頃は客先でコーヒーを出されたときは無理して飲んでいたのに、気がつけば私はコーヒーショップの常連だ。
知らぬうちにどこかで果たしたコーヒーとの再会は、あの頃の私と母みたいに、今、紗夏と私の日々をなぞっている。
ハニーエンジェルの華麗な必殺技が決まった。急いでごちそうさまをした紗夏がエンディング曲に合わせてヒロインたちと一緒に楽しげに踊る。
エンディング後の「また来週会おうね」という一枚絵のアイキャッチで今日のアニメは終わり。また会おうね。私の大好きだった魔法少女とはもう会えないけれど、ハニエンを通してかつてのあの子たちに会えたような錯覚で、その言葉はどこかくすぐったい。
最後までしっかりハニエンを観て満足した紗夏が振り返る。
「ママもハニエン好き?」
「うん」
ニコニコ顔の娘に私も飛びっきりの笑顔でうなずく。
本当はちゃんと観られてはいないけど、私はあなたが好きだから、あなたが好きなハニエンも好き。あなたがまた会わせてくれたもの、これから会わせてくれるもの。きっとその全部を私は好きだと思う。
外からさわやかな風が吹きこんでくる。そういえば窓を開けたのは今年初めてかもしれない。太陽はもう夏みたい。コーヒーの氷がカロン、と鳴り、薄まってしまう前に私は飲み干した。
そろそろ洗濯を始めよう。お皿を洗って、掃除も買い出しも、やることは山ほどある。
「ママ、今日、公園行きたい」
明るい風に紗夏がはしゃいだ声を上げる。
「いいね」と答えつつ、洗濯、掃除、買い出し、公園、全部をこなすスケジュールを頭の中で練る。
これは忙しくなりそうだ。私は袖を捲り上げた。
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