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わたしの気持ちをぐちゃりと腐らせた一報は、無情にもたった一枚の印刷物に記載された一文だった。
それは梅雨入りしてから初めての晴れ間の日。レッスン前に担当講師から配布された、所属している声優養成所が発行しているA4版の定期通信。
トピックスのトップは常に養成所所長のありがたいお言葉が掲載され、養成所の開講日やちょっとしたお役立ち情報が並び、最後に養成所所属者のメディア出演情報が一覧として掲載される。
所長のお言葉は家に帰ってじっくり読むとして……と紙を半分に折ろうとしたところで、わたしは今一度紙を開いた。
そして一番最後のコーナーに記載されている養成所生のメディア出演情報欄に目を落とした。
見知った名前が記載されている。
詳しく言えば、去年、ジュニアコースで一緒だった同い年の女の子が、基礎科を飛び越えて本科に所属し、どういう経緯かは定かではないが、声優としてアニメーションに出演したらしい。
普段ならこのコーナーを特段気にも留めることはなかっただろう。
なぜならメディア出演欄に載るのは、本科や専科の事務所所属者様なのだから。
そしてわたし、吉野小春は、本科の下のクラス・基礎科所属なのだから。
まだ生まれたての『たまご』である基礎科には、メディア出演なんてなんの縁もない話。
そりゃぁ、今すぐにでも声優になりたいけど、基礎科という殻の中にいるうちは、到底お上からのお声などかからない。
通常、予科クラスであるジュニアコースからは、その一つ上の基礎科へ進級するのが定説だ。現にわたしも基礎科進級だし、わたしが在籍を確認できたジュニアコースの同級生は皆、基礎科へと進級を果たした。
高校一年生は、余程のことがない限り基礎科。
だからわたしは勝手に、彼女もどこかの基礎科で元気に基礎練を積んでいるものかと思っていた。
「……へぇ。基礎科にいないと思ったら、本科に入ってたんだ……」
自分の心がぐちゃぐちゃと荒れて、レッスンが始まる直前のザワザワした喧騒も聞こえない。
ただプリントに記された彼女の名前と所属クラスだけが、わたしの目を釘付けにしていた。
どうしてあの子が、本科にいるの?
わたしは基礎科なのに。
どうしてあの子がアニメに出たの?
わたしの方が上手いのに。
どうしてわたしはあの子と同じステージにいないの?
わたしはなんであの子より下にいるの?
初めて知った。
あの子がわたしよりも、格上だったなんて。
そして、爽やかで通っているわたしの心に、こんなドロドロとした気持ちがあったなんて。
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