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西から流れてくる黒雲は、ゴロゴロと雷鳴を腹に抱えながらどんどん大きくなって、空の半分以上を覆ってしまった。
彼女たちはわたしの言い分を聞いて表情をさらに険しくさせたが、わたしを横目にお互いこそこそと耳打ちをするなり、ふふんと嗤う。
そしてわたしに近づいてくるなり、立ち止まった。
「……ってことはあんた基礎科ね? ……基礎科の分際で、本科様にデカい口叩いてるんじゃないわよ!」
たぶん、そこしか彼女らがわたしに勝てる要素がなかったのだろう。
そう言い捨てて、わたしの横を通り過ぎていく。
基礎科だの本科だの、ただのクラス分けに何を言っているんだ。本科がそんなに偉いんか。
そう思いながら、ぷりぷりと駅へと向かって歩いていく三人の背を横目で睨んでいたが、はっと気がついた。
わたしだって数時間前、基礎科だの本科だのこだわっていた。
わたしより格下のあの子が、どうして基礎科じゃなくて本科なのと。
跨線橋の下を走る電車の走行音と、雷鳴が共鳴し、ストロボみたいな強烈な光とともに、ぽつりぽつりと雨の粒が落ちてくる。
雨は、わたしの心の渇望に沁みて、忘れていた想いを呼び起こした。
あの子におはようと声をかけられたその瞬間から、わたしはあの子のことを好きになっていたんだ。
内気で暗そうだけど、話してみたら明るく楽しい子で、上手くできない子にはそっと寄り添う優しさもある。
努力家な面もあって、毎日の基礎練習をしっかりやってきたのだろう。日に日に演技や表現が上手くなっていく彼女に、クラスのみんなが触発されていった。
そしてジュニアコースの修了公演では、主役のわたしを立てた演技をしてくれた。
そして約束をしたんだ。
一緒に声優になろうね。
結果的にあの子の方が先に夢を叶える階段を駆け上がっている。
だから、わたしは腐ってる暇なんてないんだ。
抱いた感情や気持ちをずべて自分の中で味わって、消化して、芸の肥やしにする勢いで進まなきゃ。
わたしはあの子に追いつかなきゃいけないんだから。
わたしはこんなたまごの殻の内側で、不快な想いに飲まれて腐って死んだりはしない。
ちゃんと孵って、声優界の大空を羽ばたくんだ。
いつか、あの子に嫉妬し自分に絶望したこの苦い日も含めて、愛しい日々だったと呼べるように。
胸の奥で光った決意を胸に、わたしはにっと口角を上げて駅への道を走り出す。
大粒の雨をざんざか落としまくる黒雲は、わたしの心の邪気を払ってくれているかのように、さらに大きく雷鳴を轟かせた。
わたしという『声優のたまご』が孵るか孵らないかは、また別の話しとして。
家に帰ったらあの子に連絡をとってみよう。
そして伝えるんだ。
養成所からのプリント見たよ。
おめでとう。
わたしもすぐあんたに追いついてみせるから、覚悟しててね。
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