二日酔い

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 アーケードの屋根越しに差し込んだ朝日が、ちょうどリュウのまぶたを焼いた。リュウは薄く目を開け、そうかと思えば、何か言葉になる前の意識がそのまま口から出たようなことをつぶやいて、また、目を閉じる。 「もう、起きなよ。そろそろ帰ろう」  シンジが声をかける。よくこんな道端で寝続けることができるもんだ。寒くないのかな。さっきスマホのニュースで見た、関東に届いた桜の便りというものも、このまちに届くのはまだ先のことだった。  何度か声をかけた後で、リュウはようやく目を覚ました。ぼんやりした顔でシンジを見上げ、あれ、タケは、ユリちゃんは、おっくんは、と聞くから、もうとっくに帰ったよ、ミサコも、テツも、と飲み会にいたメンバーの名前を律義に読み上げる。  リュウは立ち上がろうとして、うめき声を上げた。 「吐きそう」  いつものことだった。シンジは買っておいたお~いお茶のホットのキャップを開けて、リュウに差し出した。ようやく二人は歩き出した。少なくとも真冬ではないのだから、酔いつぶれてしまったリュウのことなんか放っておいて、さっさと帰ってしまってもよかったのかもしれない。それでも、大抵の場合、シンジが付き添うことになっていて、今日はことさらに、最後まで付き合うつもりでいた。  アーケードを駅の方に向かって歩いていると、コートを着た大人たちとすれ違う。その数は少しずつ増えていった。僕たちはこれから家に帰って寝るんです、アホな大学生で、どうもすみません。シンジが心の中でつぶやくと、リュウも、通勤ラッシュアワーだな、とぽつりと言った。  それからリュウは、あれ、おれたちって何軒目まで行ったんだっけ、とか、昨日の卒業式で晴れ着姿の誰それと写真を撮っておけばよかった、とか、先月の卒業旅行のこと、締め切りぎりぎりだった卒論のこと、去年の旅行、花見、大学生活の他愛のない日常、もっと前に二人で行ったドライブ、どんどん話がさかのぼっていった後で、また、うめいた。 「吐きそう」  アーケードの真ん中で立ち止まるリュウを人は避けて通り過ぎていく。シンジは道端のコンビニの前に座り込んでリュウがまた歩き出そうとするのを待った。バカなやつだな、とあきれた。昔からずっとそうだった。さっきの、リュウの話を思い出して、記憶がさかのぼっていく。  あれ、僕たちが初めて会ったのはいつのことだったか。新入生の歓迎会とサークル勧誘を兼ねた花見が西公園であって、そのときにリュウだけでなく、タケやおっくん、ミサコとも知り合って……その夜、リュウはやっぱり酔いつぶれて、リュウのアパートまで送っていった後で、そうだ、「ねえ、また遊ぼうよ」とリュウは言った。玄関先で突っ伏して、まだ酔っているのか、へらへらと笑っていた。 「ごめんごめん、大丈夫そう。行こうか」  リュウに言われて、ふと、我に返る。 「ちょっと、待って。ちょっとだけ」駅に向かって歩き始めたリュウを、シンジは呼び止めた。「僕もまだ、酒が残ってるみたいだ」  リュウは、しょうがないなあ、と笑って、シンジのところまで戻り、隣に座った。 「楽になるまで、ゆっくり行けばいいよ」  うつむくシンジに、今度はリュウが優しく声をかける。  シンジはそういうやつだった、とリュウは思い返す。一度、物思いに沈んだ後は、自分が満足するまで、また、浮かび上がって来ないのだった。  朝の空気は冷たくて、どこか、山奥のきれいな小川のきれいな水で、顔を洗っているみたいだった。行き交う人の足だけをながめていると、吐き気がからだのうちからせり上がってきて、口から漏れる息が熱かった。早く家に帰りたかった。  でも、いつの日か、この時間に帰りたいと思うときが来るのかもしれない。
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