センセイの教室

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 ***  私がまだ現役で、小学校の先生をやっていた頃の話よ。  その年、私が担任をしていたのは五年生のクラスだったわ。当時はまだ、中学受験をする子がそんなに多くなかった時代ね。勿論、受験する子はいたものだけど、それよりも公立に行くって子の方が圧倒的に多数だったのよ。  まあ、今回の話は受験がメインじゃないし、そのはあまり関係ないかしら。  当時まだ私も三十手前で、若くってね。まだまだ知らないことがたくさんあったの。  簡単に言ってしまうと……子どもたちにもいろんな子がいて当たり前だ、ってことがわかっていなかったと言うべきかしら。え?そんなの当たり前だ、って?ふふ、そうね。でも、言うほど簡単なことではないのよ?  そのクラスにはね、ちょっと困った子が何人もいたの。  その子の名前を、とりあえずA君としましょうか。A君は、授業中にいつも居眠りをしてしまう子だったのよね。正確には、音楽や図工、体育のような実技科目なら眠らないのだけど、国語や算数が本当に駄目だったの。集中力がなくて、いつも船を漕いでいるかんじ。  当然だけど、問題を解くにあたり彼を当てても、授業がまともに聞けてないものだからトンチンカンな答えしか返ってこない。  それを見て、私は夜更かしでもしてるせいでいつも寝不足なんじゃないか、あるいはやる気がないから授業に参加しないんだと思ってしまったわけ。  で、職員室に彼を呼び出して問い詰めたの。 「A君。どうしていつも授業の間に起きていられないの?」 「……ごめんなさい」 「ごめんなさい、じゃなくて。理由を尋ねてるんだけど?夜更かしでもしているの?ゲームとか?」 「……ごめんなさい」 「もう、夜更かしはダメでしょ。毎日きちんと寝て起きないと。学校の勉強は、A君が立派な大人になるためにやっていることなのよ?学校で居眠りばっかりしていてどうするの。会社に入ったら、お仕事の間にずっと起きてないといけないし、きちんと仕事ができないとクビになっちゃうのよ?」 「う、ううう……」  私は彼の“ごめんなさい”を、“夜更かしをしていてごめんなさい”だと受け取った。だから、彼が夜更かしさえやめれば、この状況は改善されると思ったの。  しかし、彼はごめんなさい、を繰り返すばかり。もう夜更かしをしません、授業で寝ません、といった約束の言葉を聞くことはできなかったのよね。 「これからは、ちゃんと授業で起きてるわね?」 「……頑張り、ます」 「頑張ります、じゃなくて。できるわね?」 「……頑張り、ます……」  こんな調子。なんて意志が弱い子なんだろう、と私は呆れてしまったわけ。頑張ります、なんて言葉なら誰にでも言える。絶対やらないようにするぞ!という強い意志を持たなければ、自分の悪いところを直していくことなんてできないというのに。
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