センセイの教室

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 そのやり方は正しかったでしょ?と遊大君は笑う。実際その通りで、彼がトイレにA君を連れ出して戻ってきたら、A君は残りの時間を目が覚めた状態で過ごせるようになっていた。効果覿面だったのはまちがいないでしょうね。  それから。 「退屈な授業でも、気を紛らわせるものがあると眠くなりにくいみたいなんです。だから、僕の練り消しをあげました。眠くなったら机の上で練り消しをしたすら練ったり、粘土みたいに形を作って遊んだりするといいよって。そうすると、ちょっと面白いから眠くなりにくくなるよって」 「……確かに、最近A君は居眠りが減ってきたわね。でも、そのやり方は本当に正しいのかしら」 「というと?」 「だって、他の子はみんな真面目に授業を受けてるのよ?A君だけ特別扱いして、トイレでサボるのを許容したり、練り消しで遊んでいいなんてことにするのは不公平でしょう?」  さっきも言ったけれど、当時の私に発達障害に関する知識なんてなかったわけで。だから、私はA君に障害があるなんて思えなかったし、やっぱり“やる気がない偏屈な子”としか感じられなかったのよね。  確かに、遊大君のやり方は成果を出している。でも、それはA君を甘やかしてるだけなんじゃないか?立派な大人になるための成長を阻害する行為なんじゃないかってそう思ったのよ。 「先生、それは違う。A君はトイレでサボってるんじゃない。自分の症状を治すためのリセットをしてるだけなんですよ」  そしたら、遊大君は。 「先生は、わかってないです。世の中には、人が30%の努力でできることを、120%努力しないと出来ない人もいるってこと。A君はきっと、一日だけ居眠りをしないで頑張ってって頼んだら、きっとできると思うんです。でもそれは、120%、無理に無理をして頑張った結果。それを一年中続けるなんてできっこない。先生や他の子には簡単に出来ることが、A君には簡単じゃない。それなのに、自分が簡単だからって、出来ないA君を“やる気がない”“サボってる”なんて決めつけないでほしいんです」  真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに私を見つめて言ったのよ。 「A君と同じ特性を持っている子がクラスにいたら、その子にも同じことをさせてあげればいいです。それで不公平じゃなくなります。授業を普通に受けるために30%の努力で済む子たちに、同じ配慮をしてあげることを公平だとは言わないと僕は思います」 「で、でもね遊大君……」 「先生、前に言ってましたよね。泳ぐのがすごく苦手だって。二十五メートル泳げないって。僕は先生みたいに頭良くないけど、水泳なら一キロ泳げます。頑張ればもっとたくさん泳げると思います」
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