プロローグ

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プロローグ

天才、怪物、狂人、私こと氷室朱音への評価はだいたいそんな感じだ。   例えそれが生まれ持った異能によるモノであろうと、私自身はその評価に罪悪感はない。  幸福に生きる、そんな人生目標のためには『他人にはない力を使わない』などという選択肢を選ぶことなどあり得ないのだ。    当然のことだが無用な怒りや嫉妬を向けられないためにも、一人を除いて私はこの力を誰にも開示していない。  嫉妬は山程あるし、私にすら出来ないことを期待されるのも多い。  親友と同じ大学に行くと言ったら母親に怒鳴り散らかされたのもいい思い出だ、いや良くはない。   「それではバイバイなのじゃ〜……ふぅ、終わった」    最後の一言を終え、私は配信を切り一息吐く。仮想の世界から現実へと帰還するのだ。  のじゃロリ鬼系Vtuber『鬼神ゆうゆう』それが私のネット上でのもう一つの名前。  1個人としては豊富過ぎる専門知識でゲーム世界を科学的にプレイする動画が大好評。    『この魔法を放ったことによる影響は〜』と科学で説明したり。    『現代社会でこの機械を作るのにはこれだけの値段が必要なのじゃ!」と工学的に値段を推測したり。    はたまた天候の移り変わりによって気候を推測し『ここならあの植物も育ちそうじゃ!』などなど様々な知識を披露してきた。    勿論それだけでなく語りのテクニックも磨いてきた。  そんな努力や切り抜き動画のバズり、更にはTwitterでのバズなどなど。  それらによって今の私は個人勢としてトップクラスのチャンネル登録者数を誇るVtuberになったのだ。    伸びたのは実力だ、それははっきり理解している。  だがこのVtuber過多の現代インターネットにおいてバズるきっかけを得たのは運が良かったからとしか言いようがない。   幸運、幸運。神社に行って形だけのお辞儀をした甲斐があったというものだ。   「今日で配信歴3年……かぁ」    虚空を見つめながら私は呟く。  思い返せば色々な困難や壁があったが、それでもこの三年間は楽しかった。  モデル絵を友人に描いてもらったり、色んな人とコラボもした。    『いつ寝てるんですか?」と言われるほど配信した時もあった。 まさか異能によって睡眠時間を短縮どころかゼロにしているとは誰も思わないだろう。   「あれ……電話?」    その時バイブ音が鳴り、スマホの画面に明かりが灯った。   『あーちゃん見てたよ!三周年配信最高だった!』   「落ち着けカエデ、そんな大声で喋られたら耳が潰れちまう」    電話相手は安西楓、幼い時からの親友でVtuberを始めるきっかけをくれた恩人。  そして機材の準備や本には載っていない細かな知識をくれた人でもある、無類のVtuberオタクらしい。  遊びに行くとなったらカエデと以外はあり得ないというほどには仲がいいと自認している。    そして私のことを『あーちゃん』と呼ぶのはカエデだけだ、親にすらそんな呼び名で呼ばれたことは無い。  それどころか今や私をちゃん付けで呼ぶ人間などカエデだけだ、勿論ネット上での『ゆうゆうちゃん』と呼ぶファンを別にすればの話だが。   『ごめんごめん、あまりに嬉しかったからさ。だってあーちゃんがVになって三年、三年だよ⁉︎』   「ははっ、わかってるって。相変わらずテンション高いなカエデは」   『高くもなるよ!幼馴染が今や大人気Vtuberだよ⁉︎』   「大人気って……企業のトップ勢と比べたらまだまだだし」   『あーちゃんなら企業勢だって超えられるよ!』   「はは……努力するよ。それよりまずは受験。これさえ受かればカエデと同じ大学に行けるからさ」   『あーちゃんは全然大丈夫でしょうが、心配なのはあーしの学力だよ。受験は一週間後だし……」    学校の教師にも、親にも『お前はもっといい大学に行ける』と言われた。  そりゃそうだ、こちとら全国模試トップ10に入っているのだから。  それでも私はカエデと同じ大学に進むことを選んだ。 親不孝だとはわかってるけどさ、それでも私はカエデと一緒にキャンパスライフを送りたいのだ。   勿論考えなしな訳ではない、結局大学なんて私にとっては何処でも同じなのだ。 私の異能が有れば殆どの資格は取れてしまう。それに加えて将来の夢はVtuber。    大学の知名度や偏差値はあまり将来に影響しないのだ。 Vtuberとして成功することが出来なくても、有り余った資格とともに何かしらの仕事を始めればいい。    幸福に生きることと高い偏差値の大学に行くことは、私の中ではイコールで繋がれていないのだ。   「心配すんなって、カエデは自分が思ってるよりずっと頭いいよ。それに私がイチから教え込んだんだ。絶対受かるって」    これは事実だ。私という特異点が側にいるだけでカエデもテストの点はかなりいい。  悪かったら私と同じ進学校に入ることなど到底出来やしない、家から近いから選んだとはいえ私たちが通っているここは県内有数の高校。  それに加えて私が授業をしたのだ、これで志望大学に落ちるわけがない。    念密に計算したが、今のカエデの学力ならケアレスミスさえなければ問題なしに合格できるだろう。私に関しては一切の心配はいらない。    あまりに傲慢な思考だが、それを裏付けるだけの実力が私にある。異能も実力の一つだ。生まれ持ったものをチート扱いすることはできない、少なくとも当事者の私にはね。   『まぁあーちゃんが言うなら大丈夫なんだろうけどさ……やっぱり心配────』   「ん?どうした?」    突然声が途切れる。通話でも切ってしまったのかと思ったが、未だ電話は繋がったままだ。  そしてドサっと音がした。これは不味い、非常にマズイ。  今の音が倒れた音なのなら、くも膜下出血などで意識も曖昧になっている可能性がある。    声が聞こえてこないのだから気絶しているのかもしれない。   「カエデ⁉︎聞こえてる⁉︎」    これで応答がなければカエデの家に救急車を呼ばなくてはいけなくなる。  カエデの部屋は2階、この異常事態に一階にいるであろう家族が気づかない可能性があるからだ。  だが、そんな心配は杞憂で終わった。いや、これを杞憂を呼ぶのは間違っているだろう。    何故なら、   『あー、あー、聞こえてるかい?異能の少女よ」    正体不明の女の声が聞こえたからだ。   「聞こえてるけど……何?つーか誰?」    異能、私が持つ特異的才能をカエデ以外には話したことはない。両親だろうと教師だろうと誰だろうと、絶対に無いはずだ。  ならばこの女は誰だ?いや、何者だ?疑問を持ちつつも相手からの応答を待つ。   『誰?誰とは心外な。僕と君は既知の仲だろう?』   「既知?悪いけどアンタみたいな女の声に聞き覚えはないね。それよりカエデはどうしたんだ?そっちにいるよね」   『カエデ?この少女なら眠って貰ったよ、私の持つ異能の力によってね。安心してくれ、害を及ぼすつもりはない」    最悪だ、事態は最悪を極めている。そりゃ私だって自分だけが特別だと思っていたわけではない。    占い、パイロキネシス、透視、千里眼、歴史を見れば超常的な力を持つ人間なんて星の数程存在する。    勿論その全てが本物というわけではないだろうが、中には本当に異能の力を持った存在もいただろう。    だが、こんな形で自分以外の異能保持者と出会うことになるとは思ってもいなかった。   「……要求は?何かあるんじゃないか?」   「君の異能、知ってるよ。確か…消失時間って名付けたんだっけ?いわば擬似的精神と時の部屋だよね」    それには答えず通話相手は知識を披露する。    だがしかしそこまで知っているか、こんなこと年がら年中私たちの会話を盗聴していないとわからないことだ。    消失時間、それは物事を行うのにかかった時間を消してしまう異能だ。    いくら本を読むのに時間をかけようと外では1分も経っておらず、たっぷり睡眠をとっても実際時間は1秒も過ぎていない。    これがあれば図書館の本を全て読んでも、五十時間かかるゲームをやっても、肉体は一切老化しないし時計の針は動いていない。    なのに代謝は止まらないと言うのだから不思議な話だ、ファンタジー能力に突っ込むのも野暮かもしれないが。    感覚としては時を止めているのに近い、時間停止ほど便利ではないのが難点だ。    勿論その間にかけた労力まで無かったことにすることはできない。たしかに大人気漫画に出てくる精神と時の部屋のようなものだ。    それを不審者に言われるのは少し癪だというのは口に出さすに留めておく。   「アンタの異能は……どうせ教えちゃくれないんだろ?」   『当たり前だろう?僕は君の敵だ……まああまり焦らすのも良くない。簡潔に僕の目的を言おう』    ドクンドクンと心臓が早鐘を打つ。親友を危険に晒されて動揺しているのだ。   『今からこの少女を誘拐する。返して欲しければ所定の時間にとある場所に来い』   「……その場所は」   『フッ、直ぐにわかるさ。先に時間だけ伝えよう』    警察を今すぐ呼んでも逃げられるだろう、私の異能は自分の遠くにいる警察までは及ばない。    そもそも異能持ち相手に警察は役に立つのか?カエデを眠らせたことからも明らかに相手は戦闘系の能力を持っている。    更に言えば一瞬でカエデの家まで行くこともできない、長距離は移動できないのだ。    どうする、どうする。   『一週間後、君の受験開始時間に来い』    告げられた時刻には一目でわかる悪意が篭っていた。                   『我が名がジョーカー、君に愛を教える存在だ』  
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