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翌朝。
いつもより少しゆっくりと駅から会社までを歩いた。
また後ろから神崎が声を掛けてくれるのを期待する。
こんな今どき中学生でもしないようなことをしているのが情けない。
けれど、自分からどう行動を起こせばいいのか分からなかった。
「部長、おはようございます」
後ろから声を掛けられ、振り返ると田中真亜子だった。
なんだお前か、と思いながら「おはよう」と挨拶する。
「そんながっかりした顔しないで下さいよお、神崎くんじゃなくってごめんなさい」
田中は、ニコニコと笑いながら「お先に行きますねー」と歩いて行ってしまった。
何も言い返せなくて恥ずかしくなる。
本当に神崎を待っていたのだから仕方ない。
「はあ……」
と朝から溜息をつくと「おはようございます、部長」と神崎の声がした。
「あ、お、おはよう」
神崎の笑顔に癒され、透はつい笑顔になってしまった。
「なんかご機嫌ですね。いいことあったんですか?」
(今、まさにいいことが起こっています)と透は心で思う。
「いや、何もないけど。あ、昨日、悪かったね、お母さん来てたんだろ?」
「はい」
「よく来るの?お母さん」
「はい、たまに」
多くを語らない神崎が気になった。
「その、お母さんって綺麗なんだろうね」
「……」
神崎は急に黙り込んだ。
「あ、ごめん、悪い」
「何がですか?」
「いや、人のプライベートを根掘り葉掘り聞いたりして」
「大丈夫ですよ」
会話が一方通行でまったく続かない。
段々辛くなって来たところで「おはよう、お二人さん!」
と東堂に背中をバシッと叩かれた。
「お、おはよう、東堂」
「おはようございます。僕、先に行きますね」
神崎は、タッタッタッと小走りに会社に入って行ってしまった。
「どうしよ……東堂」
「なに?なんかあったの?」
東堂は、ふざけることなくちゃんと聞いてくれた。
「神崎、やっぱりお母さんのこと聞かれるの嫌だっのかもしれない、それなのに俺、綺麗なのかとか聞いちゃって」
「ふうん……」
東堂は、考えるように黙り込む。
「やっぱり何かありそうよね」
「だよな」
二人で神崎の小さくなる背中を見る。
「とりあえずしばらく母親の話はNGだね」
と東堂が言い、透も同意した。
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