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『思い立ったら吉日』という諺がさっきからずっと頭の中でグルグル回っている。
翔太郎は「かっこよくセットしといてあげる」と言って前髪を軽く下ろし、いつもより若い髪型にしてくれた。
それに勇気を貰い、透は電車に乗る。
記憶を辿って神崎のマンションのある駅に降り立った。
初夏のような日差しが照りつけて、長袖を着てきたので汗ばんでくる。
バカでかいマンションの下に立ち、それを見あげた。
図々しいと思われてもいい。ウザイと思われてもいい。
そう思いながら、スマートフォンを取り出して神崎に電話を掛けた。
しばらく呼び出し音が鳴り、神崎が出た。
『もしもし?透さん?どうしたの?』
「神崎、今、家に居る?」
『あ、うん、いるけど……』
「お母さん来てるのか?」
『……』
「今、マンションの下にいる。部屋に入れてくれ」
『え?』
多少、強引なことは分かっていたが、色んな事を考えるのは止めることにした。もう恥も外聞もない。
『ちょっと待ってて下さい!』
神崎は、そう言って電話を切った。
__
「透さん!どうしたんですか?!」
マンションの入口が開き、神崎が出てきた。
「いや、近くまで来たから……」
そうじゃないだろう、と自分を奮い立たせる。
「おはようございます」と言いながら、家族連れがマンションに入って行った。ここに居ては目立ってしょうがない。
「ちょっとこっち来て」
神崎の手を引き、人目の少ない場所に移動した。
「神崎……俺、神崎のことが好きだ」
まっすぐに神崎の目を見て言った。言ったすぐ後からカァ……と熱くなる。きっともう耳まで赤いだろう。
告白なんていつ以来だ?と頭の端で考える。
「透さん……」
神崎は嬉しそうに笑って、ギュウッと抱きしめてくれた。
「僕も大好きです」
折れそうな程に抱きしめられて、ぼうっとなりかける。まったくなんでコイツは、いつ何時でもいい匂いなのだ。それに思った以上に力強くて、本当は男らしくて……
そんな事を思いかけて、いや違うって!ぼうっとしてる場合かよ!と自分でツッコミをいれる。
「それでさ、神崎」
神崎の胸に手を置き、少し身を引いた。
「はい?」
神崎はニコニコ笑っている。
「神崎のお母さんに挨拶させてくれないか?」
「え……」
神崎が固まったのが分かった。
「少し何処かで話しませんか?」
神崎は、そう言って歩き出した。
空は相変わらず晴れて日差しが眩しい。
もう後には引けない、と透は心を決めた。
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