満ちてる

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   友人のお墓参りにきた。  命日は知らない。聞くことができなかったから。だから理由も、知らない。  知らせを受けたのは春だった。桜も全部、散ってしまった後だ。  今日は会いたい、と思ったから会いにきた。思い立ったが吉日、で合ってるよね。凶日(きょうじつ)なんて言いたくはないし。そんな言葉があるのかは知らないけれど。  友人の選択の、良いも悪いも、許すも許さないも、月日がぜんぶ置き去りにしてしまった。何年経ったのかも、もう忘れた。忘れないことが残っているから、それでいい。  今日はただ、いつものように世間話をしにきただけだ。一年に何回も来ることがあるし、三年くらい平気で来ないこともある。  友人からは怒られたこともないし、断られたこともない。喜んでいるか……もわからないや。  わからないよ。どっちでもいいとは、思わないけれど。  わからないから、喜んでるでいいや。そっちの勝手を許してあげるから、こっちの勝手も許してもらうよ。  お墓の前で、手を合わせる。  友人が本当にここに眠っているのかも、実はわかっていない。人づてに場所を教えてもらっただけだ。  でもまあ、全く関係のない人のお墓ではないだろう。友人と同じ苗字の、先祖代々のお墓なのだから。  下の名前を呼べば、友人が出てくるはずだ。 「また来たよ」  太陽みたいな名前の友人が、土の中に入って久しい。僕はふだんの会話の中でも、よく友人の名前を出す。この曲が好きだったとか、ここに一緒に来たことがあるとか。  だって、命日以外でも思い出してもらえるなら、その方が僕はうれしい。もし僕がいなくなっても、誰かが名前を呼んでくれるなら、時間も空間もぜんぶ超えて、その人のところへ一瞬で駆けつけたいと思うから。  今日は、友人に手土産を持ってきた。一度筆を折った漫画家が、18年振りに描いた新作だ。 「ほら」  まさか続きが出るなんて思わなかったんだろう。大好きだったのに、もう触れられないなんて。何も、言えなくなるなんて。この一点においては、友人の選択をはっきり否定してやる。  ばかだなぁ。ばかだよ。大ばかだ。  漫画を開き、1話分、20ページを読む。肩越しに覗いていてくれたら嬉しい。ゆっくりと、一枚一枚めくる。  内容は、そんなに面白くなかった。僕にとっては、さいわいなことだ。急いでページをめくらなくても済む。  また読みたくなったら、会いにくるよ。  
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