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ショー終了後、倉本は行きたいお店があるから付き合って欲しいと俺に強請ったが、きっぱり後回しだと言い切ってやった。
「悪いけど、TSUKASAさんに挨拶してからだ。俺招待されてる身だから」
そう、俺は no name より先にこのショーのモデルにスカウトされてる。結果断ったけど、TSUKASAさんからぜひ来て欲しいとペアチケットを渡されたんだ。
倉本は面白くなさそうにため息をついたけど、怒ることもなく俺の後に付いてきた。
スタッフに声をかけTSUKASAさんを呼んでもらうと、彼は俺たちを楽屋へと招いてくれた。
楽屋には店のスタッフが数名と、ヘアモデルをしていた女性モデルとJINが楽しそうに珈琲を飲みながらお喋りをしていた。
女性モデルは見たこともない女だったが、JIN のオーラといったら "芸能人" そのもので、倉本も俺も圧倒されて硬直した。
そんな俺たちにJINは人懐っこい笑顔を向けてきた。
「おー! キミが鈴加くんか! 会いたかったよ!」
まさか芸能人に名前を知ってもらっているとは思ってもみなくて、俺は思わず隣に立つTSUKASAさんを見た。
「凌二と弟から聞いてるよ! いい粒がいるって」
凌二? 弟?
誰のことか分からなくて首かしげると、TSUKASAさんが眉を下げて補足してくれた。
「凌二は俺のこと。都笠 凌二が俺の本名ね。で、弟っていうのが、no name のことだよ」
のー……ネーム……!? no name !?
「え! JINさんの弟が no name なんですか!?」
「あはは、そうだよ。出来の悪い弟でね。今までここに居たんだけど、鈴加くんが来るって分かったら逃げるように帰っちゃった。許してやってね」
「今までここに居たんですか!?」
「居たよ〜。追いかけたら見つかるかもね」
軽い口調でそんな事を言うもんだから、俺は回れ右した。
「追いかけます!」
はっきり宣言して駆け出そうとしたのだが、もちろんTSUKASAさんとJINさんに引き止められてしまった。
「待て待て待て」
「追いついたところで、見つけられないよ、たぶん」
苦笑いでそう言うTSUKASAさんは、「no name はメイクしてないと別人だから」とJINさんに目配せした。
「今日はまぁ、弟に会うことを諦めてさ。俺と凌二、あとはその……君の好きな俺の弟からの話を、聞いてはくれない?」
テレビで見るよりずっと駆け引きのうまそうなしたり顔を見せたJINさんは、俺を強引に楽屋のソファへと座らせた。
TSUKASAさんの案内で倉本も隣に腰を下ろしたが、この女はJINさんを目の前にとろんと蕩けそうになっている。確かにカッコイイ。no name の兄だというだけあってかなりの池様である。
「単刀直入に言うと、モデル、してみない?」
no name の兄貴、という事実に胸を高鳴らせていたのに、JINさんから発せられた言葉は俺をさらに困惑させた。
「は、はい?」
「スカウトしてる。うちの事務所に来なよ。最初の仕事はもう決まってる。黎明の専属モデルになること」
ちょちょ……え!?
「それは無理です! no name の唯一の仕事を奪うわけにはいきません!」
「その no name が引退したがってるんだよ。鈴加くんがその後釜になってくれるんだったら、弟をあんたのマネージャーにさせる。約束しよう」
JINさんの強引な交渉に、TSUKASAさんが「それ大丈夫?」と心の底から懸念の異を唱える。きっとJINさんよりTSUKASAさんの方がまともなはずだ。この提案は no name の承諾を得ていない。それに俺は no name にマネージャーをして欲しいわけじゃない。現役で仕事をしていて欲しいんだよ。
「お断りします」
だからきっぱり断った。
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