魔法のカレーライス

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***  丁度一年前の夏、講義中に母が急逝したと連絡が入った。突然の出来事で何も考えられなかったけど、時間が経つと後悔の念に駆られるようになった。  お母さんと話したい事が山ほどあったのに、上京してからなんで電話する時間よりバイトを優先してしまったんだろう。  お母さんの作るご飯が大好きだったのに、なんでレシピを聞いておかなかったんだろう。なんで実家に住んでいた時、手伝いをもっとしておかなかったんだろう。  なんでお母さんと過ごす時間をもっと大切にしておかなかったんだろう――。  そんな事を考えていた時、東京に住む叔母から連絡があった。「遠くない距離だからいつでも遊びにいらっしゃい」と。  その時ふと、叔母に『お母さん特製カレー』の話をして、あの日に至った。まさか、叔母と母が全く同じレシピでカレーを作っていたとは夢にも思っていなかった。  叔母にレシピを教わって以来、一人暮らしをしている部屋でニンニクの醤油漬けを作り、何度か自分一人でこの味を再現できるように練習した。  そして一回忌で帰省している今、この味を父と弟にもまた味わって欲しくて、また家族皆で母の味を思い出したくて『お母さん特製カレー』であり『魔法のカレー』でもあるこの料理を実家で作った。  あの頃と何一つ変わっていない実家のキッチン。何も変わっていないからこそ、母の姿がそこにないということが一番寂しく感じた。
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