ヒナは青空の夢を見る

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だが、勝手に他人の羽根に触るのはご法度だ。言うなれば秘部に近いそれは、剥き出しに晒されているのが不安になるほどの急所を隠し持っている。 ───風切羽。 たった1枚のそれを失うだけで飛べなくなってしまう。見つかって奪われたら最後、二度と空は飛べない。 飛べない人間は、空を失う。 だから誰もが誇示したい顕示欲と戦いながらローブを纏う。そして自分が見込んだ相手にだけ明かすのだ、本来の姿を。羽根は俺たちにとってアイデンティティそのもの、と言っても良かった。 なのに、彼の背中のそれは捥がれていた。 元から発育しなかった訳では無いのか、天使の羽根の名残を感じさせる程度には隆起していた。けれど、本来はローブを高く押し上げて主張する筈の右側はぺたりと背中に張りついている。左側は万に一つと云っても遜色ない程に雄々しく盛り上がっているのに。 失えば二度と再生されない臓器と同じく、羽根は農作物のように都合よく何度も生え変わってはくれない。 失った片翼を恥じているのか、その男はいつも長い前髪で表情を隠していた。時折風の悪戯でふわりと髪が浮き上がると、それこそ顔面偏差値SSランク並の容貌が現れる。だが見目麗しければ注目を浴びるかと言えば、そんなに都合よく世の中は運ばない。世間の判断基準として筆頭に挙げられるのはいつも、背中に生えた一対の羽根。その時点で彼は落第の印を押されたも同然だった。 目立つことを恐れるように陰に隠れ、無口で静かな佇まいは残念な陰キャとして学内に定着し、遂に卒業まで一度も覆ることがなかった。
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