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その時はどうしても別れたくなくて、私なんでもするからって泣いて懇願して、その結果、弘が私の部屋に転がり込むことになったのがすべての始まり。 そりゃ勿論、面食いの私が、アイドル風面容の弘と一緒に暮らせるようになった当初はうれしいことばっか。だってね、あんな甘い笑顔がすぐそばにいて、夜はほら、ちょめちょめして、そんでそのまま一緒に抱き合って寝て、朝起きるとすぐ隣にあどけない寝顔がある。それはそれは、幸せな日々に思えた。 でもね、あいつ、初めからそういう魂胆だったのか知らんが、知らぬ間に仕事、辞めてやがったんだよ。いやに毎日部屋にいるなあ、と思ったら仕事辞めてやんの。つまり弘は私のヒモに成り下がった。 それでも、一緒にいてくれるのはうれしいからね、初めはお小遣い上げたりして養ってやってたんだよ、ちゃんと。でも、その使い方の荒っぽいこと。私は安月給。それなのに、新しいゲームソフトだ、新しい服だ、ロックのコンサートだと、いい加減にしろ。飯ぐらい作れ。ふざけんな。 それでも、私が弘を部屋に置いてあげ続けたのは、やっぱその、大変言いづらいことではございますが、奴のその、あれのテクニックにすっかりやられてた。 うまい。 そして。 大きい。 ふぐう。弱みを握られたね。 でもね。私は、意を決して弘を遂に部屋から追い出した。 札束入った封筒を突き付けてね。「もう戻ってくんな」って。 男なんてもういらん。一人で生きる。私は弘にそう宣言した。 あれから、二か月。 男なんていらん、その気持ちは変わらない。そこは変わらないのだけれど、私には一人っきりのこのワンルームの部屋と、二本ある太ももをよじつけ合いたいような、もぞもぞする妙な欲求不満が残り、今日にいたるのだった。 春になった。桜が咲いた。動物たちは恋の季節。いわゆる発情期。 いやいや、そこは人間以外の動物に限らず。 そんな、私、間宮まみ、28歳の春の事だった。
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