第一章:ミステリアスでスリリング

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「店長さんなんだよ、あの人」 「あの女がか!?」 「違うよ~。さっきの男の人」  あぁ、だよな。  小形がそう言ってマスクを外したから、俺も一緒にマスクを外した。暖房の効いた店内ではマスクが少し暑苦しい。ついでに帽子も取った。 「おや? 染めたの?」  昨日、髪を染めたばかりの俺を見て、小形が目を丸くした。 「おう。めっちゃ明るくしてみた」 「チャラいな、おい」 「おめぇに言われたくねぇわ」  小形が笑う。どちらかと言うと派手顏の俺は、髪色を明るくするとチャラ男と化す。分かっているからあんまり挑戦しないのだが、ずっと暗い髪色ってのも飽きてくるのだ。  今日は日下さんの部屋に帰ろうかと思っている。もう四日以上彼の部屋には帰っていない。俺の髪を見たら、どんな反応をするんだろ? 「似合う~」と手でも叩いてくれるだろうか? それとも「驚きだよ~」なんてのんびりした反応かもしれない。……案外、気付かなかったり?  日下さんは面白い。  穏やかな性格は、妙に純粋さが際立っていて、擦れてないっていうか、穢れてないというか。子供ほど無邪気ではないし、落ち着いた大人ではあるんだけど、絶対ほっとけない妙な危なっかしさがあったりする。  現に俺と初めて会った時も、見ず知らずにも関わらず躊躇なくココアを寄越したし、再会した時だって流れでホイホイ駅前の喫茶店についてきた。二人、ゲームの話で盛り上がり、今から対戦しようと俺を部屋に上がらせた。いいのか?と俺の方がビビったくらいだ。  けどあまりにゲームが白熱を極め、その日はそのまま泊まってしまった。  翌朝飛び起きて急いで仕事に出かけたから、日下さんの部屋にうっかり忘れ物をしてしまって、その夜、ずっと日下さんの部屋の前で帰りを待っていた。  俺と日下さんの出会いは一風変わっている。けど、こんな妙な出会いだからこそ、出会うべくして出会ったのかな、とも思う。もっとも、すべては彼が安易に人を信用し切ることから始まってはいるんだけど。  ホント危なっかしくて、今や俺が彼の保護者的存在だ。朝起きたら俺以外の人間が部屋にいる可能性だって無きにしも非ずだからな。  それだけは絶対ダメ。  俺がまともで誠実な人間だったから良かったものの、他人はそう簡単に信用出来るものじゃない。……それに、そんなことになったら俺の正体が確実にバレちまう。 「お待たせいたしました。渡り蟹とほうれん草の濃厚カルボナーラでございます」  ふいに頭の上から声が聞こえて、小形の前に皿が差し出された。  小形は「きたきたぁ」と笑顔を見せていたけど、俺は一瞬耳を疑った。あまりに聞き覚えのある声だったからだ。 「こちらが、生ハムとルッコラのにょ…」  そこまで言った店員を見上げると、彼もまたトレイの上の皿を持ったまま固まった。  信じられなかった。  思わず視線を彼の顔から逸らし、名札を探す。腰に巻いているサロンに安ピンで止められた名札。 【 店長 : 日下 比呂人 】  やっぱり……間違いじゃない。本物の日下さんだ。  日下さんがぎこちなく皿を俺の前に置き、薄く微笑む。 「髪……、染めたんですね」  完全にバレた。  マスクと帽子、外すんじゃなかったよ。
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