第一章:ミステリアスでスリリング

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 小形が俺と日下さんを交互に見て、「へっ?」と気の抜けた声を出す。  どうしていいか分からなかった。  正体をどうしても知られたくないというわけでもないんだけど、俺のことを何にも知らない日下さんと一緒にいるのはすごく心地よくて、今の関係を崩したくないってのが本音。  こうやって外で会うのも、出来れば避けて通りたい。ましてや彼が働いている姿など、見るのだって嫌だ。 「……店長かよ」  そんな風に思ってしまうから。  何も知らない。それが魅力的だから。 「カトゥン、店長さんと知り合いだったの!?」 「カトゥンって呼ぶな!」  思わず声を荒げてしまった。  日下さんの前でそんな情けない呼び名、恥ずかしすぎる! ファンの子なら、カトゥンで浸透してるから全然いいけど、普通の一般男性が俺のあだ名なんか認識してるわけねぇんだよ! ましてや芸能人に超疎い日下さんだ。ダセェあだ名呼ぶんじゃねぇっつうの! 「えっ? 何、急に……」  いつもカトゥンと呼ばれる事に怒らない俺が、いきなり声を荒げたものだから、小形が一瞬身を引いた。 「あ、いや。だから、その……まぁ」  どうしていいか分からなくて、曖昧な態度をとってしまう。そんな俺に、日下さんは静かに一歩身を引いた。 「すみません。人違いだったようです」  ペコリと頭を下げ、「ごゆっくりどうぞ」とマニュアル通りの言葉で締めくくると、日下さんは足早に席を離れて行った。そんな風にされちゃうと……それはそれで寂しくなっちゃうじゃんか。 「ほんとに人違い?」  日下さんの後ろ姿を見つめ、小形が聞いてくるから、俺は首を振った。 「……思いっきり知り合い」  斬新クリーム生パスタは、ゆるやかに湯気を立てている。でも俺は冷めたパスタみたいにしゅんと固まってしまった。  人違いでしたとまで言って、俺から離れて行った日下さん。無茶苦茶気を遣わせた。普通に紹介すれば良かった。仕事仲間の小形ですって。わざわざ隠すようなことじゃない。どうせ日下さんは俺たちがアイドルcodeのメンバーだってことを知らないんだから。 「悲しそうな目、してたよ? 店長さん」  小形からの痛恨の一撃。  そうだと思う。寂しそうな、悲しそうな顔をして、小走りで席を離れた。ほとんど同棲状態なのに、友達すら紹介しなかったのはさすがにマズイよな。 「どういう知り合いなの?」 「前にも言ったろ? 今一緒に暮らしてる人」 「げ! うそっ!?」  あのぽや~とした人?と付け加えて、小形は笑い出した。 「なんか想像できたわ!」  ほぼ初対面の男を家に上がらせるバカはいないと、メンバー全員に怪しがられていたのだが、小形は本人を目の前に、ようやく事実と自分の想像が結びついた様子だった。 「確かにやりかねないかも! 俺も骨折してベンチで蹲ってみようかな?」 「お前バカにしてんだろっ!」  小形は、噂の彼がまさか見知った店の店長だったことにバカウケし、平然と失礼を言ってのける。俺はちっとも笑えないぜ!? この後、どうやって取り繕えばいいんだよ。
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