第一章:ミステリアスでスリリング

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 フォークを右手に、パスタを絡める前にニョッキを刺して口に運んだ。うん……確かにうめぇ。評判なだけはある。つぅか、日下さん美味い飯作れんじゃねぇかよ。出来ねぇふりしやがって。  急に無口になった俺に、小形がパスタを食べ進めながらそっと尋ねてくる。さすがに笑い話じゃないと気付いたらしい。 「まだ、言ってないの?」  俺がアイドルだってこと、毎朝聞いてるラジオのパーソナリティだってこと。  日下さんの事を一番に相談したのは小形だ。メンバーも知ってはいるんだけど、小形が一番よく俺たちの関係を知っている。 「……言ってない」 「なんでだよ」 「なんでって。そりゃ、いつ気付くか……楽しみだし」  アイドルだと気付かれていないのは、とても気が楽だ。気取らなくていいし、普通の男でいられるから。  だけど、小形はため息をついた。わかるよ、わかる。そのため息の意味は分かる。確かにかなり自分勝手だと思う。自分の都合しか考えてないって十分承知しているつもり。  もう出会って一年が経とうとしている。再会してからだと半年だ。ここまで来て、俺の正体に気付いてないんだから、今後彼が俺の正体を知るなんてこと、きっと天地がひっくり返ってもあり得ないんだ。  だから、いい加減彼に正体を明かした方がいいのかもしれないし、もう彼の家に厄介になるのも終わらせた方がいいのかもしれない。  だって、めっちゃ失礼だと思う。名前すらまともに教えてないんだから。  だけど日下さんだって……、何ひとつ聞いてこない。名前も年齢も住所も仕事も……何ひとつ。  最初はもちろんフルネームを問われたけど、「加藤です」と押し切ったら、もうそれ以上詮索しなくなった。名前を言ったら、芸能人ですとアピールするみたいで、気が引けたんだ、あの時は。  万が一バレたら厄介だからって、わざとプライバシーな部分は伏せに伏せまくった。今となっちゃそれが仇となったのか、お互い何も聞けなくなってしまった。  そう。さっきみたいに、お互い妙な距離が出来ている。 「もう言っちゃえよ」 「今更? やだよ」  パスタをくるくる絡める俺に、小形は間髪入れずに言った。 「お前は今更かもしんないけど、あの人からしたら今だからかもしんないだろ」  いつもヘラヘラしているのに、小形はこういう時、はっとする言葉をくれる。  小形の言葉に、確かにそうかもしれないと思えた。出会った頃は、「codeの加藤です」なんて絶対に言えるわけなかった。だけど今は言うべき気がする。ちゃんと自分のことを知ってもらわなくちゃいけない気が……うん、してきた。  一緒に暮らしているんだ。俺だって彼のこと、もっと知らなきゃ。 「ま、俺だったら言わないけどな」  小形がぺろっと舌を出して、面白がるように笑った。 「てめぇ、完全にバカにしてんだろ」 「だって面白いじゃん!」 「もうぜってぇ相談しねぇ」  言った俺に、小形が慌てて取り繕う。 「もう、嘘じゃん! カトゥンってば、短気は損気ですよ!」 「知らねぇよ、ばーか」  結局俺はどうすればいいか分からなくなって、仕事終わり、慣れ親しんだ駅でひとしきり悩んだ。  実家に帰るか、日下さんに会いに行くか。  迷って、迷って……俺は──。
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