第二章:そばに居られる条件

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ーside 日下ー  結局彼は帰ってこなかった。翌日も翌々日も。僕の誕生日から一週間経っても、十日経っても、帰ってこなかった。  僕は彼の連絡先すら知らない。  本当に……何も知らない。 「帰ってこいよ……」  それすら伝えることが叶わない。  外で出会ったのは初めてだった。初めて出会った時と再会した時、それ以外で偶然出会ったのはあれが初めてで、しかも自分の店で出会ってしまった。一緒にいた男性は友達なんだろうか。二人してサングラスをして、まるで顔を隠しているみたいだった。  もしかして、仕事仲間かもしれない。今時の若いヤクザは、ああやってお洒落なサングラスで顔を隠すのか。 「帰ってこれない事情でもあるんだろうか?」  まさか何かの事件に巻き込まれた? それとも外泊が続いて、組長と言う名の父親にきつく絞られたとか?  それにしても……、 「髪、茶色かったなぁ」  初めて見た、あんなに明るい髪色。今までずっと黒髪ってわけでもなかったけど、あれほど明るいのは初めてだ。サングラスをしていたから、なんとも言えないけど、どうせカッコイイに決まっている。 「今どこにいるんだろ」  とても心配だ。  彼が帰ってこなくなって今日で二週間。もうカレンダーは二月から三月にめくられた。  明日は仕事が休み。彼を探しに出掛けたいけど、どこにいるのか見当もつかない。地元がこの駅周辺だということは確かなんだろうけど、今この辺りをウロウロしているとも限らない。毎日実家にちゃんと帰っているのなら、きっと出勤のために最寄りの駅を利用しているはずなんだけど……。  そう思い付いた瞬間、はっとした。そうだ。なんで今まで気付かなかったんだろ。彼の赤い自転車。駅前の駐輪場にあるかもしれない!  僕は夜中、家を飛び出して駅まで走った。あれだけ駅まで走るのが面倒だったのに、走らずにはいられなかった。  駅にはちょうど電車が到着したみたいで、彼が降りてこないかずっと待っていたけど、残念なことに姿は見えなかった。  幾つかある駐輪場を探し回って彼の赤い自転車を探す。無料の駐輪場、有料の駐輪場、駅前の路上まで虱潰しに探したけど、あの赤い自転車は見つからなかった。  こんなのおかしい。  こんなのおかしいって分かってはいるけど、どうしても会いたいという思いがこみ上がる。  無事に生きていてほしい。この前のことだってある。まだ謝ってないじゃないか。不用意に声をかけて悪かった……って。なんでだ? 不自然なくらい、会いたいなんて思ってしまう。  加藤君と一緒に過ごすミステリアスでスリリングな毎日は、もう僕の生活の一部になっていて、どこか中毒性を秘めて僕を蝕んでいたんだ。  三月の寒空の下、情けないほどトボトボと帰路につく。  商店街のメインストリートから一本逸れた通りを歩き、住宅街へと抜ける。ほどなく無駄に大きな公園が見えて来て、あの日のように彼がベンチに座っていないだろうかなんて淡い期待を抱くけど、もちろん居るはずもない。  明日もまた赤い自転車を探しに行こうかななんてぼんやり考える。今ここに自転車がなかったということは、既に実家へ帰ったか、遠出しているか。最悪、事件に巻き込まれて、東京の海の底か………いや! でも、もしも明日、駅前に自転車があれば彼は生きて、実家にちゃんと帰っているということ。  もう、それだけでいい。二度と会えなくたっていい。死んでさえ……いないのなら。
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